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経済

出光興産「ベトナム事業」の敗北

大損の製油所「撤退」濃厚

2022年4月号公開

 出光興産が出資するベトナムの合弁石油精製・石油化学プロジェクトが経営難で事実上の稼働停止に追い込まれ、出光が撤退する可能性が高まっている。石油製品需要の減少が止まらない日本から「成長するアジア」に目を向けた野心的な事業だったが、ベトナム国内での石油販売事業にこだわり、外貨バランスとベトナム政府の出方も甘くみた「出光の失敗」。アジア市場でチャンスをつかめない日本の素材産業の甘さと弱さが改めて浮き彫りとなった。

「事実上の死刑判決」

 出光が出資するのは首都ハノイから海岸線を南下した中部のタインホア省にあるニソン製油所。ベトナムのガソリン、軽油などの需要増に対応して二〇〇二年頃に検討が始まり、〇八年に出光興産、クウェート国際石油がそれぞれ三五・一%、国営石油会社のペトロベトナムが二五・一%、三井化学が四・七%を出資して事業会社を設立。一三年に総額九十億ドル(当時のレートで約一兆円)で建設工事を開始した。原油精製能力が日量二十万バレル、付属する石油化学プラントでベンゼンやパラキシレンなどを生産する。同国では中部にあるズンクアット製油所に続く二番目の製油所となった。
 出資比率では出光はクウェートと同列だが、建設を日揮と千代田化工建設がメインで担当、運営も製油所は出光、石化は三井化学、融資も日本の国際協力銀行などが中心で、「出光主導の“準日の丸プロジェクト”だった」(石油業界関係者)。建設工事が大幅に遅延し、一八年末にようやく稼働したが、ベトナム経済が成長を加速するタイミングと重なり、一見、順調に滑り出した。
 だが、二〇年に入ってコロナ感染による行動規制、工場閉鎖などで製品需要低迷に直撃され、借入金の返済資金に苦しみ、原油仕入れ代金など運転資金を返済に回したことで、原油調達が減って稼働率が低下。坂道を転がるように経営が悪化した。
「ベトナム商工省が四~六月期の国内供給計画からニソン製油所を除外、国内の元売り十社に代替の製品輸入計画の提示を求めた」。三月中旬に流れたこのニュースは出光はもちろん経済産業省にも衝撃を与えた。供給計画からの除外は、ニソン製油所の稼働停止を意味するからだ。商工省の方針にはニソン製油所の株主であるペトロベトナムも合意しており、「稼働停止は確定的」と関係者は見る。
 ベトナムはオミクロン株の感染が続いているものの、政府は経済を回す方針で、三月中旬にはPCR検査が陰性であれば、外国人訪問客を隔離なしで受け入れるようになった。経済は急激に回復しており、製油所にとって稼ぎ時が来るなかでの稼働停止は「事実上の死刑判決」(ベトナムのエコノミスト)。七~九月期以降の稼働もまったく見えない状況だ。
「根本的なビジネスモデルの設計ミス」と日本の商社関係者は指摘する。ニソン製油所はドル建てでクウェート国際石油から原油を調達するが、生産した石油製品は現地通貨のドン建てで、地元の石油元売りに販売する。ニソン製油所側が為替変動のリスクを負うだけでなく、国の外貨バランスによっては外貨調達が困難になり、法外なプレミアムを払ってドルを用意する必要がある。当初はベンゼンなど石化製品を輸出して外貨を稼げるという見通しもあったが、これも市況悪化などで見込みはずれに。「出光には最悪に備える準備がなかった」と商社関係者は見る。
 こうした「甘い設計」の裏には、出光がベトナム国内や周辺のカンボジアなどでガソリンスタンドを展開し、小売りで儲けようという野心があったといわれる。ベトナム国内での石油小売り業の認可を政府から得るため、製油所で不利な条件をのんだとの見方だ。
 出光は創業当時は日本石油(現ENEOS)の販売店で、戦後、石油精製に進出し、急成長した。一九五三年に英国が禁輸するイランから石油製品を輸入した日章丸事件で知られるようにリスクを取る企業文化を持つ。海外では九〇年代にプエルトリコやポルトガルでガソリンスタンド網を経営するなど海外での石油製品販売に強いこだわりがあり、ニソン製油所もそうした戦略に沿ったものと見るべきだ。
 プエルトリコ、ポルトガルでのスタンド事業は数年で行き詰まり、撤退したが、「海外での小売りのノウハウ、経験はアジアで生きる」と言い続ける出光幹部もいた。日本の国内石油市場が九九年以降、ほぼ一貫して縮小を続け、脱炭素で減少ペースが加速必至のなかで、ニソン製油所を基盤に、東南アジアに展開する狙いは決して悪くはない。元売り同士の経営統合を重ね、巨大化と電力小売り、再生可能エネルギーなど国内事業のみで生き残りを図るENEOSに比べれば、長期的かつ積極的な戦略であるのは確かだ。
 ただ、石油精製・販売は各国政府にとってエネルギー安全保障の根幹となり、簡単に外資に委ねられるものではない。日本のエネルギー産業政策も高度成長期にはシェルやエッソ、モービルなど外資を徹底的に抑え、日石、出光、丸善石油など民族系を伸ばすことに集中した。出光は日本で外資系が受けた抑圧をベトナムで自ら受けたわけだが、ベトナム側の出方は容易に予測できたはずだ。

外資にとって共通の教訓

 ベトナム政府は日本が受注したハノイ-ホーチミン間の新幹線プロジェクト、ロシアと日本が二基ずつ受注した原子力発電所など外資に発注した巨額プロジェクトをいともたやすくキャンセルした「前科」があり、日本はもちろん欧米企業もベトナム政府の言葉をあまり信用していない。「ベトナムに恐れ知らずで突っ込んでいるのは韓国勢のみ」とハノイに長年駐在する日本メーカー幹部は語る。
 出光はニソン関連で一九年に五百六十七億円、二〇年に三百三十九億円の特別損失を計上しており、これ以上の巨額損失が続けば、経営にも大きく響きかねない。損切りで撤退する潮時というのが衆目の一致するところだ。
 ベトナム側は出光の出資分をペトロベトナムが引き取ることで、ニソン製油所を事実上、ベトナムの民族系に転換し、クウェートも原油調達先のひとつに格下げするとの噂がある。
 ベトナムでは南部でタイ資本が主導するロンソン石油・石化プロジェクトも建設に向け動いており、国内で過当競争になるリスクも見え始めた。ベトナムはスマートフォンをはじめ電子・電機産業が急成長するなど東南アジアの「勝ち組」だが、政府は意思決定が遅く、合意事項もころころ変える最も御しにくい相手。出光の失敗は外資にとって共通の教訓といえる。ただ、ENEOSが同国の石油大手、ペトロリメックスに出資、合弁事業を拡大しつつあり、「第二の出光」になる恐れがある。


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