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社会・文化

中国「拘束邦人」と毎日新聞の暗部

解放受刑者の顛末記は「疑問だらけ」

2023年6月号公開

 中国では、この四月に改正された反スパイ法が七月から施行される。スパイ行為の対象を広げた上で当局の捜査権限も強化しており、従来以上に強硬な防諜活動が恣意的に行われることになる。
 中国はこれまでも、スパイ活動の容疑・罪状で数多くの外国人を拘束してきた。三月には日本の製薬大手アステラス製薬の中国法人で幹部だった邦人が拘束されて大きく報じられた。日本人は二〇一四年から現在までに十七人が拘束されており、今も五人が解放されていない。
 七月以降はその数がさらに増えるのではないかと日本の政府関係者らは警戒心を募らせているが、そんな中、情報当局者の間では最近発売されたある書籍の内容が話題になっているという。
「二〇二二年十月に六年間の刑期を終えて帰国した日中青年交流協会の元理事、鈴木英司氏による著書『中国拘束2279日』が物議を醸している」と語るのは、ある公安関係者だ。
 鈴木氏は、一九八〇年代から日中友好のために架け橋となってきた親中派だ。社会党の議員秘書などを経て、中国の北京外国語大学でも日本語を教えていた人物で、中国の政治外交の関係者らとも親交があるという。日中関係に携わる日本人の間では知らぬ人がいないほどの有名人だ。

嫌疑の現場にいた毎日新聞副部長

 ところが鈴木氏は、四十年近く日中のために働いたにもかかわらず、二〇一六年に北京市国家安全局にスパイ容疑で拘束される。鈴木氏によれば、その三年前の一三年に北京のレストランで旧知の中国人外交官と食事をしている時に北朝鮮情勢について質問したことがスパイ行為に当たると認定されたという。結局、有罪判決を受けて刑務所に送られた。
 昨年帰国してからは、多くのメディアに登場し、スパイ容疑が冤罪だったと訴えている。ただ政府関係者は、「鈴木氏は一貫して自分がスパイではないと主張しているが、著書や発言からは、鈴木氏が(日本の)公安調査庁と繋がりのあるスパイだったと指摘されても仕方ない内容になっている。あれでは中国当局の摘発が正しかったことを裏付けるようなものだ」と首を傾げる。
 例えば鈴木氏は、中国当局からの取り調べで見せられた二十人分の顔写真の中から、知り合いの公安調査庁職員四人を当局に示している。また書籍出版をプロモーションする有料イベントの際には、一般人なら関わり合いを持つことがない公安調査庁の職員とのやりとりなどについても説明していた。ただ公安調査庁から指示を受けた情報活動の対価として金銭はもらっていないので、自分はスパイではないと主張する。
 さらに鈴木氏は、公安調査庁の職員の中に中国に協力している二重スパイがいるとも繰り返し指摘している。著書によると、その根拠は、裁判所に向かう護送車の中で起きた出来事だ。実は、件のレストランで話を聞いた中国人外交官も鈴木氏同様に拘束されており、「偶然にも」手錠をかけられたその外交官と裁判所への行き帰りの「小さいワンボックス車」で同乗することになったという。
 その際に外交官から「中国には秘密警察がいます。これは怖いです。このことは日本に帰ったら必ず公にしてください」「日本の公安調査庁の中にはね、大物のスパイがいますよ。(中略)日本に帰ったら必ず公表してください」と告げられたと著書に記している。
 だが「あまりにも不自然だと言わざるを得ない」と言うのは外務省関係者だ。「中国のような国で、スパイ容疑という重大な罪で捕まっている同じ事件の被告同士が、たまたま車で一緒になって、自由に会話をすることは考えにくい」
 こうした疑問について鈴木氏に取材を申し込むと、質問には答えることなく「この本は、私の経験した事実を記述したものです。また、家族が金銭や補償を受け取ったと言うこともありません」とだけ、毎日新聞出版を介して返答してきた。
 鈴木氏の話の中では、さらに気になる内容も明らかになっている。鈴木氏と中国人外交官が会っていたこのスパイ事件の現場であるレストランでの会食には、毎日新聞の政治部副部長(当時。その後、政治部長を経て、現在はデジタル編集本部本部長)だった高塚保氏も同席していたという。
 しかも北京での中国人外交官との会食は、もともと鈴木氏が望んでいたのではなく、「高塚保さんが会いたいと言うから会った」と著書に記されている。だが毎日新聞は鈴木氏の帰国後にスパイ容疑の「事件現場」が判明した後の記事でも、高塚氏がその場にいた事実については一切触れていない。事件の真相を究明するのは新聞と記者の責務のはずだが、記者が事件の核心の現場に同席していた事実を記事で触れないのはどういうわけか。

中国側が喜ぶ結果に

 前出の政府関係者は「高塚氏は出版前のイベントにも登壇しており、その場で鈴木氏は現場のレストランについて『高塚さんも一緒でしたね』と水を向けたが、当人はさらりと流した。記者なら自らその状況を説明すべきだろう」と苦言を呈する。
 その高塚氏は、鈴木氏が帰国後に公表したかった話や事件の顛末についての今回の手記を企画し、毎日新聞出版から刊行するために自ら尽力している。
 本誌は高塚氏にも、鈴木氏拘束事件の関係者として、そして記者としての見解を問うたが、毎日新聞社が「鈴木氏の著書であり、お答えする立場にありません。また、取材活動に関する事柄についてはお答えしておりません」と本人に代わって回答するのみだった。
 ある中国専門家によれば、日本と中国を長年行き来している親中派の邦人の中には、日本の政府関係者や情報関係者と、名刺くらいは交換をしたことがあるという人は少なくない。もちろんそのくらいでは本来、スパイ認定されることはないはずだ。しかし鈴木氏の言い分を踏まえれば、今後中国を訪問する人たちは過去に遡ってそうした関係者らとの一切の関わりがないことを証明できなければ、中国当局から拘束されかねないことになる。
 現在、中国を訪問するビジネスマンなどの数は激減しており、「スパイではないのに恣意的に逮捕されたと主張する鈴木氏の著書の影響はないとは言えない」(前出・中国専門家)との声もある。
 また、中国関連の情報が欲しい日本の情報関係者側から見れば、今後は中国専門家などとの接触が非常に難しくなるだろう。逆の見方をすれば、中国政府は邦人の中国専門家を日本の情報当局から遠ざけることに成功したと言える。これは、日本政府の政策立案などのための情報収集力が弱体化することを意味する。今回の鈴木氏と毎日新聞社員の一連の言動が、中国当局を喜ばせる結果を招いたとしたら、何とも皮肉な話だ。


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