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連載

大往生考 第42話

「正しい診断」とは何なのか
佐野 海那斗

2023年6月号

 公衆衛生と患者の利益が対立した場合、医師はどう行動すべきか。コロナの世では、時として難しい判断を迫られた。
 その女性はまだ四十代だった。中国生まれで、日本の大学を卒業後、大阪の不動産会社で働いていた。生来健康で、毎年の健康診断で異常を指摘されたことはない。
 二月、この女性が突然死した。二日間、無断欠勤が続いたため、会社の同僚がマンションを訪問し、管理人と共に部屋に入ったところ、意識を失い倒れていた。救急車で病院に搬送されたが、集中治療室で息を引き取った。
 私が、この件と関わるようになったのは、女性の伯母が古い知人だったからだ。「どうしたらいいか」と相談を受けた。彼女も中国人だ。中国在住の妹、つまり亡くなった女性の母から、「娘と連絡がつかない」とWeChatで連絡が入った。女性の母も進行した肺がんを患い、中国で入院中だった。
 知人は苦労人だ。来日したきっかけは天安門事件だ。共産党幹部だった父親が失脚し、結婚したばかりの夫と二人で「逃げるように日本にやってきた」という。来日当初の仕事は、トイレ掃除だ。働きながら、日本語を学んだ。当時、日本は・・・

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