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連載

大往生考 第49話

患者の生き方に学ぶ
佐野 海那斗

2024年1月号

 研修医の頃、先輩医師からしばしば金言をいただくことがあった。今も折に触れて反芻するのが、この言葉だ。
「病との接し方に人間性が表れる。患者さんから生き方を学びなさい」
 この助言がぴたりと当てはまる七十代後半の女性患者の話をしよう。既往症は高血圧、高脂血症。その彼女が二〇二三年九月、「右胸にしこりがある」と訴えた。私は触診したが、はっきりとわからなかった。患者は私の手をとり、しこりと考える部位に導いてくれたが、それでも確認できなかった。
 通常、このような場合、「はっきりしません。少し様子をみましょう」と回答することにしている。ほとんどは患者の取り越し苦労だからだ。このような訴えに対し、全て検査をしていたら切りがない。
 ただこの患者の場合、訴えを聞き流すことは気が引けた。患者ががんを心配する相応の理由があったからだ。患者は、これまでに二回がんを経験している。一回目は五十代の時の悪性リンパ腫、二回目は六十代での肺がんだ。いずれもがん専門病院で治療した。前者は抗がん剤治療、後者は胸腔鏡手術を受け、治癒している。
 今回、私は旧知の乳がん・・・

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