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連載

大往生考 第62話

ある医師の末期がん
佐野 海那斗

2025年2月号

 昨年末、長年にわたりお世話になった女性医師のAさんが亡くなった。享年78歳。死因は、大腸と子宮の間にできた未分化腫瘍で、診断時には肺や肝臓に転移があり、手の施しようがなかった。
 Aさんは、西日本の地方都市で病院を経営する裕福な家庭に生まれた。2人姉妹の姉で、当然のごとく医学部を目指した。猛勉強の末、東京の医科大学に合格する。折しも、学園紛争が花盛りな時期だ。正義感が強く、エネルギー溢れる彼女は「授業そっちのけで、学生運動に没頭した」という。
 大学を卒業後、Aさんは大阪大学の某診療科に入局する。「学生運動をしていたため、母校に残れず、父親の紹介で阪大に入れてもらった」そうだ。お見合いの末、京都大学卒業の同郷の男性医師と結婚した。
 Aさんの父親にとっては、家業の病院存続が最優先事項。それには跡取りが必要だ。娘を医師にして、婿に優秀な医師を迎えたことは、「望外の喜び」だったに違いない。
 結婚当時、夫の医師は大学院生だった。昼間は大学病院で診療し、夜は研究室で実験する。アルバイトする暇もない。Aさんの実家が生活の支援をした。
 Aさん・・・