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経済

「NTT分割論議」先送りの内幕

政治を巻き込む熾烈な綱引き

2010年6月号公開

 NTTの光回線インフラ部門を分離する「アクセス分離論議」は、ロスタイムに孫正義ソフトバンク社長が高く蹴り上げたパスを原口一博総務相が受けて逆転弾を放った。ゴール前で呆然とするNTT。有識者からなる検討部会、ICT(情報通信技術)タスクフォースは「オフサイド」を主張するが採用されず、前半戦は終了した。一連の「NTT分割論議」の顛末を表現すると、こういったところだ。

孫正義の思惑


 五月十八日。原口総務相は政務三役と検討部会委員との会合で、関係者に衝撃を与える発言をした。
「先送りは決してあってはならない。NTTの経営形態も含め年内には結論を得て国民に次のステップを実感してもらう」。さらに、踏み込んで言った。「夏までには、工程表を提示する」。
 この四日前、検討部会は二カ月半の議論の結論として「一年後をめどにNTTのアクセス網の開放度合いを検証し、進捗状況に応じてNTTの組織見直しを再度検討する」との報告書をまとめたばかりだった。
 検討部会は昨年十月に招集されたが、NTTの組織問題が議題に上ったのは今年三月になってからのことだ。原口総務相は、昨年末に発表したブロードバンド一〇〇%普及計画「光の道」構想に関連して、「NTTの組織形態も含め議論する」ように検討部会に指示していた。ところが、検討部会は専門チームを作って議論したものの、結局、「NTTの株主の利益を左右するアクセス分離をこんな短期間で決めることはできない」との慎重論が優勢に。一方で総務省の事務方官僚らは「五月中旬までにNTTの組織形態も含め方向性を示す」と公約した大臣の面目を保つ必要があった。
 こうした薄氷を踏むようなぎりぎりの判断で出されたのが「一年後検討」の報告だったのだ。しかし、マスコミがこうした腐心を知ってか知らずか「一年先送り」と報道してしまう。
 この報道を孫社長は見逃さなかった。関係者によれば、週末を含んだこの空白の四日間に、孫社長は原口総務相と電話を含め二度接触している。「議論の先送りと誹られてもいいのか」。新聞報道を逆手にとり、原口総務相の尻を叩いたのだ。
 週明けの十七日。タスクフォースの別の検討部会に顔を出した孫社長は、三浦惺NTT社長らの前で持論を展開した。「NTTのアクセス部門のあり方については機能分離(社内部門分離)、グループ内分社、完全分社のどれかを示し、今年秋までに行動計画を取りまとめ、二〇一一年に実現すべきだ」。
 いつもの好戦的な口調はそこにはなく、冷静で落ち着き払った様子だった。既に原口総務相を口説き終えた安堵感がそうさせたのかもしれない。
 原口総務相はこの後、孫社長のシナリオ通りに動く。以下は、十五日午後のツイッター。
「『光の道』の議論も深まってきており、この数週間がとても大事な時期になりました。何も結論を得ない先送り論さえ一部メディアに出ていますが、それでは、将来の成長につなげることができません。頑張ります」。こうして十八日には冒頭のように「政治主導」での結論半年前倒しに踏み込んだ。
 孫社長は最近、アクセス分離に慎重な検討部会の委員らとインターネット中継「ユーストリーム」を駆使した公開討論を行った。「過去のような密室で行われる談合政治ではなく、開かれた議論を」と訴え、たとえ相手が反対勢力であっても堂々と議論する。
 しかし、その一方で空白の四日間に、独自のパイプを使って原口総務相を説き伏せるしたたかさも見せる。硬軟使い分けた「二刀流」。孫社長の真骨頂だ。

小沢・稲森も登場


 対するNTTは、孫・原口コンビの攻勢を、指をくわえて見ていただけなのか。たしかに昨夏の政権交代以来、かつて民間最強と呼ばれた政権との交渉能力は格段に落ちたというのが霞が関ウオッチャーの間での評判だ。だが、密かに反攻の機会をうかがっている節がある。
 検討部会での議論が始まって間もない三月末。東京・大手町のNTT本社で、三浦社長らはある重要人物の極秘訪問を受けていた。面会した相手は不倶戴天の敵、KDDIの小野寺正社長だった。
 KDDIにとってもライバル会社の門をくぐること自体、極めて異例のことだ。「小野寺氏が社長に就任して十年間で初めてではないか」と関係者は証言する。関係者によると、トップ会談のテーマの一つは「アクセス分離反対での共闘」だ。
 公の場では「公正競争を考えると、NTTアクセス部門の完全資本分離が有効だ」(四月二十日の検討部会事業者ヒアリング)との立場をとっている小野寺社長。しかし、ソフトバンクほど強硬に分離論を唱えているわけではない。
 KDDIは過去五年間、東京電力や中部電力の光事業を買収。今年二月にはケーブルテレビ最大手のジュピターテレコムに出資するなど、自らアクセス回線を敷設してNTTに挑む姿勢を明確にしてきた。しかし、時間と資金をはたいて回線を整備してきた経緯からNTTの立場に近く、アクセス網の分離回避に同調する動機は十分にある。
 実は、小野寺社長はNTT以上にソフトバンク嫌いで知られている。もしNTTから分離されたアクセス網が新会社となり、ソフトバンクがそこから安価に回線を借りられるような仕組みができてしまうと、かつてのADSLのように孫社長が価格破壊で暴れ回る。小野寺社長が最も恐れているのはそんな事態だ。
 KDDIの置かれた事情もある。小野寺社長は光回線を含めた固定通信事業を本年度中に黒字化するコミットメントを既にしている。当面は価格破壊を回避し、NTTと片手で殴り合いながらももう一方の手では握手するという寡占体制が望ましいに違いない。
 この日のもう一つのテーマは小野寺社長側から提示されたという。原口総務相が極端なアクセス分離へ動いた場合の予防線としての「稲盛―小沢ルート」の確保だ。
 KDDIの前身、第二電電(DDI)創業者の稲盛和夫京セラ最高顧問と小沢一郎民主党幹事長の絆が深いのはよく知られたところ。党内基盤が弱い原口氏は小沢幹事長に擦り寄る「お追従ブラザーズ」の一人。だが、その逆は「必ずしも可でない」(民主党関係者)という。小沢氏が最近、あまりにソフトバンクよりな原口氏を諌めたという未確認情報もある。
 鉄壁に見える原口・孫のツートップ。アウェーのNTTにまさかのKDDIが加勢し、小沢、稲盛といった有力選手が登場する場面はあるのか。NTT分割論議の行方を判断するにはもう少し時間が必要だ。


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