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連載

テイレシアスの食卓 vol.38

紅い血のソーセージ
河井 健司

2026年5月号

「商売を繁盛させてくれる政府を支持するのは当然です。たとえ政府が不正を働いているとしても、そんなことは知りたくもない。だって、わたしにやましいところはないのだから…(中略)…わたしたちは、ごくまっとうな人間ですよ!」
 これは、エミール・ゾラ作の『パリの胃袋』(筆者拙訳)から。豚肉加工の店舗を営んでいる夫に、妻が感情をぶつける一場面。政変に巻き込まれ、冤罪で流刑に処された実兄と再会した夫は、政府に疑問を抱き始めた。しかし、妻は現状に不満はないことから、夫を諫めようとする。この人物は母親として、幼い娘の幸せを願う側面も持つ、いわば一般的な人間だ。
 1850年代のパリを舞台にした物語は、レ・アル地区に立つ中央市場を軸に展開する。新しい時代の到来を告げるがごとく、鉄とガラスの大建造物に造り変えられた中央市場は、鮮魚棟や乳製品棟など、取り扱う品目によって分かれる10棟のパビリオンで構成される。建物内に陽光があふれることから「光のカテドラル」と称され、建築家バルタールの設計をもとに造られた。前述した夫妻の店舗は、この正面にある。レ・アル地区はセー・・・

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