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連載

をんな千一夜 第110話

「軍神」の妻の涙
石井 妙子

2026年5月号

 選択的夫婦別姓の議論が国会で取り沙汰されて久しいが少しも進まず、少子化も改善されない。家のあり方、夫婦のあり方、女性のあり方のすべてが今、問われている。それなのに旧態依然たる議論に終始している。しかもその〝旧態〟とは明治時代に作られたもので、伝統ともいえない。
 その価値観の代表格と言える存在が乃木希典夫妻であろう。妻の静子は「婦徳の鏡」「日本婦人の至高」と最大の賛辞を当時、送られた。夫婦が殉死を果たした自宅跡に隣接する地は現在も乃木神社として夫婦を祭神とし、港区赤坂に残されている。
 静子の父は医学を修めた薩摩の下級士族だった。生活は極貧。安政6(1859)年に7番目の子どもとして生まれ、「お七」と素っ気ない名前をつけられた。男尊女卑の気風が強い薩摩で姉もお七も貧しさの犠牲となったが、兄たちは藩費留学生としてアメリカで学問を積んだ。一家を貧苦のどん底から救い出してくれたのは、そのアメリカから留学を終えて帰国した長兄だった。「青年よ大志を抱け」の言葉で知られるクラーク博士のもとで学んだ彼は帰国後、明治政府に奉職すると、すぐさま親きょうだいを東京に呼び寄せ、妹には教・・・

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