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連載

をんな千一夜 第111話

初の女医の「開拓者精神」
石井 妙子

2026年6月号

 江戸時代には女性天皇がいたように女医もいた。しかし、明治になって国家が医師免許を管理するようになると女性たちは医学界から締め出された。その門をこじ開け女性として初めて国家試験に合格し、医師となった人物。それが荻野吟子である。
 吟子は武蔵国幡羅郡俵瀬村(現・埼玉県熊谷市俵瀬)の名主で苗字帯刀を許された荻野家の末娘。嘉永4(1851)年に生まれ、利根川のほとりで育った。吟子が数え10歳の時に安政の大獄が起こり、江戸の騒乱はこの地にも影を落とした。江戸から流れてきた知識人との出会いが吟子の一生を決めたと言ってもいい。
 まず、『江戸繁昌記』を書いて江戸払いとなり、この地に居を移した儒家の寺門静軒との出会いがあった。寺門は熊谷で私塾、両宜塾を開き、近隣の子どもたちに学問を教えた。荻野家では跡取り息子の長男を通わせたが、吟子もともに学ぶようになり、師匠の寺門が驚くほどの才能を見せる。寺門は老齢となり塾を弟子の松本万年に譲る際、わざわざ「荻野家の娘は俊才であるから特別に目をかけて欲しい」と頼んだという。
 塾を受け継ぐことになった万年は故郷の秩父から娘の荻江を連れ・・・

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