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連載

追想 バテレンの世紀 連載54

宣教師追放令の前奏曲
渡辺 京二

2010年9月号

 島津が豊後へ攻めこむ前、コエリュと宗麟が前後して、秀吉を大坂城に訪うた。まずコエリュの場合から述べよう。
 副管区長の当然なすべき畿内訪問は、戦乱などのためにのびのびになっていたが、八五年になっていよいよ準備にかかると、一〇月になって薩摩から使者が到達し、「その年内にはある理由があって」出発しないように、もし聞きいれねば禍あるべしと警告してきた。副管区長が秀吉に豊後救援を求めるのではないかと疑ったのだと、フロイスは書いている。
 コエリュは年の明けるのを待って、一五八六年三月六日、長崎を出発した。途中、瀬戸内の上関で感動的な出来事があった。八〇歳ばかりの老女二人がロザリオを手にして船中のコエリュを訪ねてきたのである。なんと彼女らは三五年前にザビエルから洗礼を授けられたキリシタンだった。以来、彼女らは孤立しながら信仰を守りぬいてきたのである。コエリュは四月二四日、堺に安着した。
 

 五月四日の大坂城訪問は、翌年の宣教師追放令の前奏曲として重大な意義を有する。秀吉との会談が不調だったわけではな・・・