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連載

本に遇う 連載152

「才匠」涌井昭治を悼む
河谷史夫  

2012年8月号

 マリー・ローランサンに「鎮静剤」(堀口大學訳)という詩がある。

「退屈な女より/もっと哀れなのは/かなしい女です」
 かなしい女より哀れなのは不幸な女、不幸な女より哀れなのは病気の女……そして最後はこうだ。
「死んだ女より/もっと哀れなのは/忘れられた女です」
 テレビ劇演出家鴨下信一に名著『忘れられた名文たち』があって、そこで新聞記者の文章は「不運な文章」とされて同情の対象だ。

「日々の報道記事はことの性質上難しいとはいえ、各紙の特色あるコラムの文章などはもっと今に伝えられていいのではないか」
 斎藤緑雨、杉村楚人冠、阿部真之助、鈴木文史朗、門田勲、細川忠雄、荒垣秀雄、深代惇郎、辰濃和男……と記憶に残る新聞記者を挙げて、鴨下はその特徴を「短いセンテンス、装飾的語句の排除、ドライなタッチ、しんらつな観察眼等々」と評言している。

 この記者たちの文章は幸いにも一度は単行本になった。しかし大抵は絶版で、読もうとすれば古書店を回っ・・・