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社会・文化

冬の湿原の価値

眠りにつく自然

2012年12月号

 秋を経て冬に突入すると、湿原はその色彩を急速に失ってゆく。  夏の間、あれほど饒舌だった生き物たちだが、野鳥の多くは繁殖を終えて越冬地へ飛び去り、昆虫は気温の低下と共に命を終え、あるいは活動を休止して長い冬に備える。両生類、は虫類も、冬眠の態勢に入っているらしく、姿を見かけない。

濃密な恵みの場所

 華やかに咲き乱れていた野の花は、今はただ枯れた茎となって寒風に揺れている。妖艶な紫、明るい黄、可憐な白、さまざまな色と形の花ももう来年まで見ることはない。見渡す限り、とりとめもなく広がる枯れ草色の空間に、針葉樹のくすんだ緑が点景となり、ようやく目の焦点を合わせることができる。  湿原は長らく、「不毛」と考えられてきた。人間が活動しやすいはずの平地なのに、一歩踏み込むと、ぬかるみ、沈み、歩くこともままならない。  北海道の釧路湿原にはヤチマナコ(谷地眼)と呼ばれる小さな池ができる。直径一~二メートルだが、深さは数メートルもあり、落ちれば人や馬がおぼれ死ぬと恐れられている。北欧フィンランドには、一見安定した草原のような場所が、立ってい・・・