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連載

皇室の風54

靖国の名にそむきまつれる
岩井克己

2013年2月号

富田朝彦元宮内庁長官から電話があったのは、徳川義寛元侍従長が死去したあと生前の証言をまとめて『侍従長の遺言』(一九九七年一月、朝日新聞社刊)と題し出版した直後だった。

「読んだよ。本当によく書いてくれた。よくぞ徳川さんから聞き出してくれた。ありがとう、本当にありがとう」
 それだけである。徳川証言のどこがどうとは一切言わないので、その感極まった声に当惑したのを覚えている。長いつきあいだったが、あちらから電話をくれたのは後にも先にもこの時だけだ。

 ずっと忘れていたが、うかつにも最近になり思い至った。富田は、晩年の昭和天皇から靖国神社のA級戦犯合祀への思いを聞かされ、それを誰にも言えず一人悶々としていたのではないか。徳川証言で一端が世に明かされ、ようやく胸のつかえがとれたのではなかったかと。徳川は、七八年に靖国神社がA級戦犯を含む合祀予定者名簿を届けに来た時、自分は異議を唱えたと証言した。
「私は、東條英機さんら軍人で死刑になった人はともかく、松岡洋右さんのように、軍人でもなく、死刑にもならなかった人も合祀するのはおかしいの・・・

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