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社会・文化

北海道産米は本当に安全か

知られざる「農薬漬け」の実態

2013年10月号公開


 近年、コメの品種改良技術の進展を受け、かつて米作不適合地であった北海道産米の販売拡大が目覚ましい。十年前は「安かろう、悪かろう」の典型として「やっかいどう米」とまで揶揄され、コスト最優先の外食産業が手を伸ばす程度だった。

 そこで二〇〇五年十月、道庁や農協から成る「北海道米販売拡大委員会」はブランド化に着手。「ゆめぴりか」や「ななつぼし」といったブランド米の開発にも次々と成功、大自然が育む安心安全な北海道産米というメディアを通じたイメージ戦略も功を奏し、いまや最大のコメどころ新潟産米と一位、二位を競う人気と出荷実績を誇るまでに成長した。

 だが、道内の農業関係者は首を傾げている。「CMからは『北海道の農薬使用量は少ない』という印象を受けるが、道内の稲作では、本州以上にカメムシ防除用ネオニコ系農薬を散布している。本当に低農薬で安心安全なのか」―。

 実は、今年もカメムシ防除時期の七月下旬以降、道内の稲作地帯で農薬が原因とみられるミツバチ大量死が起き始めていた。

農協と行政が農薬大量使用を奨励

「蜜源となる花が咲き乱れる北海道はミツバチにとって天国のような地だったが、ネオニコ系農薬の散布が始まった十年前頃から、地獄になってしまった」。〇七年夏、道央でミツバチ大量死を目の当たりにした養蜂家はこう話す。この養蜂家が農家に事情を聞くと、「今年から農薬を『ダントツ』(商品名)に変えた」とのこと。住友化学が製造するダントツは、ネオニコ系の農薬の一種で、成分名はクロチアニジン。北海道農業改良普及センターが「カメムシ駆除によく効く上、散布回数が少なくて済み、安価」と利点を強調し、近年普及を後押ししている商品だ。

 炭鉱で有害ガスに敏感なカナリアが中毒防止用センサーになるのと同様、農薬の被害を受けやすいミツバチは、農薬散布地域の環境指標として機能する。だとすれば、ミツバチ大量死は北海道の農薬漬け農業への警告ではないか。

 全国の養蜂家が会員の「日本養蜂はちみつ協会」は毎年、都道府県ごとのミツバチ被害の実態をまとめている。その被害額統計を見ると、北海道は一一年度が五千八百六十八万円で一位、一〇年度も九千百八十六万円で一位、〇九年度は三千六百八十一万円で三位、〇八年度も五千四百二十八万円で一位と、常にトップレベルにある。

 北海道と本州にそれぞれ拠点を持つ農業経営者もこの違いを実感していた。「人口密度が高い本州では農薬を散布するとすぐに住民からクレームがくるので、回数も量も必要最小限に抑えている。それに比べて北海道では、あまり気にせず使用する傾向がある」。また、農薬散布とミツバチ被害の因果関係を野外調査した研究者も同様の見方をする。「本州ではカメムシ防除の農薬散布は多くても年二回程度だが、北海道では三~四回散布することが珍しくない」。

 道内有数の水田地帯である道央の和寒町で七月末、ラジコンヘリがジグザグ飛行をしていた。ヘリにはネオニコ系農薬のタンクが搭載され、一帯にくまなく散布された。水田が大規模化した北海道でこの時期、よく見る光景だ。

 北海道では、農協による融資を受けるために彼らが立てた「営農計画」を参考にする慣習が農家の間に根強いが、この計画の中にはネオニコ系農薬の使用が組み込まれている。たとえば、この和寒町を管轄する「北ひびき農業協同組合」(士別市)が各農家に配布している「わが家の経営 営農計画書」の資料を見ると、「農薬価格表(殺虫剤・殺菌剤)」が一覧表になっており、ネオニコ系農薬である「ダントツDL粉」や「スタークル液10」(成分:ジノテフラン)などが入っている。そこから選んで営農計画書に書き込めばいい形だ。しかも、事前に購入予約をすると値引き率が高くなるメリットまである。ネオニコ系農薬の購入、使用を常態化させる仕組みである。
 そのうえ、「農薬散布費用はもとより、ラジコンヘリの操縦資格取得にも補助金が出る。そのため若手農家の中には積極的に資格を取ろうとする人が少なくない」(若手農家)という。

 結局、農協と行政がともに農薬大量使用型の稲作を奨励しているかのようだ。こんな状態で北海道産米は本当に安全なのか。北海道産米の残留農薬測定を担当する農協の分析機関に、北海道産米中のネオニコ系農薬残留濃度を質すと、こんな答えが返ってきた。「残留農薬濃度は分析していますが、基準値以下になっています。ただし分析結果は公表できません」。

事故米の六十倍でも基準値以下

 だが、「北海道産米の残留農薬濃度は基準値以下」と言っても決して安心できるわけではない。道内の空中散布で使用されていたネオニコ系農薬「ジノテフラン」は残留基準が二ppmで、欧州連合(EU)の〇・〇一ppmに比べて二百倍も甘い。ネオニコ系農薬曝露の問題に長年取り組んできた青山美子医師はこう嘆く。
「〇八年に起きた『汚染米事件』に目を向けると、ジノテフランの二ppmの基準が非科学的で整合性もないことがよく分かります」

 汚染米事件では、基準値を超える残留農薬が検出されたベトナム輸入米(事故米)が、不正に流通して食用に使われていたことが発覚した。「この時に問題になった農薬の一つがネオニコ系農薬アセタミプリドで、基準値の三倍の〇・〇三ppmが検出された。一方、成分こそ違えど、同じネオニコ系農薬であるジノテフランの基準値が二ppmであるのは、馬鹿げています。廃棄処分されたベトナム輸入米の六十倍のネオニコ系農薬が残留していても、基準値以下になってしまう計算です」(青山氏)。

 ちなみに、一一年度の農林水産省による全国のコメの残留農薬調査の結果によると、ジノテフラン残留濃度は十七検体の最小で〇・〇一一ppm、最大で〇・〇七二ppm。国内基準値以下ではあるものの、EU基準値をすべての検体がオーバーし、かつてのベトナム汚染米のアセタミプリドの〇・〇三ppmをも超える検体まで含まれていたという驚くべき実態だ。

 前出の青山氏は「日本人の主食であるコメの残留農薬基準が甘いのは、嗜好品の果物の場合とは比較にならない重大問題です」と強く警鐘を鳴らすが、北海道では、「JAの職員は『倉庫に農薬の在庫は三年分はある。在庫一掃しないと新たに購入ができない』と話していた」(地元農業関係者) と、現場の危機感は低い。

 北海道の農協関連団体がTPP参加に強硬に反対する理由の一つとして、日本に比べて米国の残留農薬基準が甘いことをあげている。だが、いまや代表的農産物となった当の北海道産米の知られざる実態は、「安心安全」を掲げる日本の農業の「不都合な真実」を図らずも映し出している。


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