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連載

皇室の風84

宮内庁廊下に幽霊が出た話
岩井克己

2015年8月号

 幽霊を見ました。侍従長室の近くの廊下です」

 ある時、宮内庁記者クラブで他社の若い女性記者が真顔でそっと耳打ちしてきたことがある。

「真っ白な髪の老人の後ろ姿が見え、ふっと消えたのです」

 今の宮内庁庁舎は旧宮内省庁舎として昭和十年に建設された。翌年には二・二六事件が起きた。侍従長室がある内廷庁舎(二期庁舎)が西側に増築されたのはこの年である。爆撃で明治宮殿が大勢の職員や皇宮警察官を犠牲として焼け落ちるのを目撃し、終戦の八月十五日には玉音盤争奪の舞台ともなり、反乱将校が自決。鎮圧した東部軍管区司令官や陸相も自決するなど血腥い昭和初期の歴史が刻まれる。今も一期庁舎から二期庁舎に入ると廊下に赤絨毯が敷かれ「ここからはオクに入る」とわかる。

 夕方ともなると内廷庁舎は人影が消え、廊下は暗く、若い女性が怯えるのも無理はないような気味悪い静寂に包まれる。ただ、廊下や階段が入り組んでいて、白髪の参与、御用掛や客が来て急に角を曲がったり階段を降りたりして姿が見えなくなることもある。

「幽霊・・・