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連載

追想 バテレンの世紀 連載114

さまざまな交渉と裏切り
渡辺京二

2015年9月号

 落城の者一人もあるまじと矢文は言うが、落人は早くから出始めており、一月の末には数もふえている。一月二六日に着陣した細川忠利は、翌日書いた書簡で、落人から聞いた城中の様子や自分の観察を書き留めている。

 それによると、弾薬・食糧が不足して来て、鉄砲もやたらに撃つなと命ぜられているそうで、だから攻め手による「仕寄」もしやすい。米は一人二合の配給、薪が不足して困っている。城内で麦を作っていると申す者もいるが、よく見ると草の根を掘っている。立木も切り取っているようで、よほど薪に困っているのだろう。

 一月三〇日の落人は水汲みに出るとまわりをたばかって脱出した者で、「落たがり申す者多くござ候えども、かたく番を付け申し候に付き、なり申さず」と語っている。この者はまた、城中の者の半分は「切って出よう」と主張しているが、残りの半分は「切って出て仕損い、敵地で死ぬよりも、城中で死ぬこそ本望」と思っていると、城中の気分を伝えている。

 七之丞という落人があって、自分の一族を助命してくれるなら、城へ戻って火をかけようと言うので、そのまま帰し・・・