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連載

美の艶話 15

仏教絵画を変貌させた画家
安村敏信

2016年5月号


 樹の上で上半身をはだけながら両手を広げて何かを語りかけるような少年と、地べたに座り込んで彼を見上げ、アングリと口を開けている青鬼が描かれた本図を、仏教説話画だというと、誰しも意外に思うのではあるまいか。
 本図の画題は「施身聞偈」という説話を描いたものだ。これは、教科書にも載っている法隆寺の「玉虫厨子」須弥座腰板の向かって右に描かれる「捨身飼虎」の反対側に描かれている説話だ。
 それは、雪山で修行していた婆羅門(前世の釈迦)が飢えた羅刹 (実は釈迦を試そうとする帝釈天)に、偈(仏教の真理を詩の形で述べたもの)を聞かせてもらった代わりに自らの肉を与えようとする話である。
 一方、本図の制作には京都・祇園社に奉納された井上勘兵衛筆「雪山童子図絵馬」が参照された可能性がある。童子は上半身裸で両手を上げ、羅刹もとぼけた表情をしているので蕭白が参考にしたかもしれない。ただこの絵馬は現存せず版本縮図でしか知られないので、どんな彩色だったかは不明である。
 ところで本図の色彩は強烈である。童子はどぎつい赤の口紅を塗ったかのような唇で、豊かな胸と白・・・