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連載

誤審のスポーツ史21

消された八センチと世界新記録
中村計

2016年9月号

 記録は破られるためにあるものだという。が、日本陸上界には、一部の長距離走や競歩などの特殊種目を除き、優に二十年以上、破られていない記録が三つある。円盤投げ(三十七年)と、三段跳び(三十年)と、やり投げだ。うち二つは、投擲競技である。
 近年こそ、六月に現役引退を発表したハンマー投げの室伏広治や、やり投げの村上幸史などが出てきたが、ひと昔前まで、投擲競技のパイオニアであり、スターと言えば、やり投げの溝口和洋だった。
 二〇〇九年の世界陸上選手権大会で村上が銅メダルを獲得したときの記録は、八十三メートル一〇。その後、村上は八十五メートル九六まで自己ベストを更新したが、溝口が打ち立てた日本記録には遠く及ばない。
 国内大会におけるやり投げのフィールドには溝口が二十七年前にマークした日本記録、八十七メートル六〇の地点に赤いラインが引かれている。現在、やり投げの世界記録は一九九六年にチェコのヤン・ゼレズニーが記録した九十八メートル四八だ。だが、溝口の赤いラインが世界までの距離を示していた時代があった。
 溝口の競技人生におけるクライマックスは、八九年に米・・・