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連載

誤審のスポーツ史22

反則をも伝説に変えたディエゴ
中村計

2016年10月号

 あれから三十年―。世界最大のスポーツの祭典で残された遺恨は、未だに関わった人たちの感情を波立たせる。
 六月二十三日、AFP通信が元イングランド代表のゴールキーパーで、六十六歳になったピーター・シルトンの苛立ちをこう伝えた。
「どうやって彼を許したらいいというんだ」
 コメント中の「彼」とは、世界中でもっとも愛され、かつもっとも侮蔑されたサッカー界のスーパースター、元アルゼンチン代表のディエゴ・マラドーナだ。
 マラドーナが世界の頂点に立ったのは、二十五歳のとき、メキシコで開催された一九八六年のワールドカップだった。
 順当に勝ち上がったアルゼンチンは六月二十二日の準々決勝で、サッカーの母国・イングランドとぶつかる。「スポーツは戦争の代替行為」とよく言われるが、この試合は、その性格を象徴していた。アルゼンチンは、四年前の八二年に起きたフォークランド紛争の仇討ちだと、まさに戦地に赴く心境だったという。同戦争でアルゼンチン軍は約三カ月で敗退し、イギリスのおよそ三倍にあたる七百四十六人もの死者を出した。
 マラドーナは『マラドーナ・・・