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連載

誤審のスポーツ史23

金メダルはまた盗まれる
中村 計

2016年11月号

 世に言う「盗まれた金メダル」事件の判定は、五輪史上、もっともお粗末なものだった。
 一九八八年のソウル五輪、ボクシング競技ライトミドル級の決勝は、地元出身の朴時憲と、アメリカのロイ・ジョーンズ・ジュニアの顔合わせとなった。朴は当時、中量級ではアジアナンバーワンの実力者と言われたが、相手は計量をパスしてリングに上がりさえすれば金メダル確実とまで言われていた天才ボクサーだった。スピード、テクニック、パワーを兼ね備え、伝説のボクサー「レナードの再来」と呼ばれたように、相手のパンチをかわす防御テクニックは芸術的でさえあった。
 第一ラウンドは互いに相手の出方をうかがう静かな立ち上がり。しかし第二ラウンド、ジョーンズは朴からカウント八のスタンディングダウンを奪うなど攻勢に転じる。最終第三ラウンドは朴も反撃に出るが、ジョーンズはまるで遊んでいるかのように軽々とかわし、かつ的確にパンチを返した。
 ジョーンズの圧勝かに思われた。ところが、リング中央で判定結果を待っていたレフェリーは朴の右手を掲げる。五人の審判員は、三対二で朴を勝者に選んだのだ。旧ソ連とハンガリーの審判・・・