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連載

美食文学逍遥11

本物のブイヤベース
福田育弘

2017年11月号

 郷土料理を、その土地で味わうことほど美味しく感じられる経験もない。食材の鮮度がよく、調理法も土地ならではのものだからだ。とくに魚料理となると、同じ魚でも捕れたところで味が異なるからなおさらだ。
 短編集『風車小屋だより』で知られる南仏出身の作家アルフォンス・ドーデには、もう一つ有名な短編集『月曜物語』がある。おもに「ル・ソワール」紙の月曜版に掲載された文章を集めたために、つけられたタイトルだ。そのなかに『味覚風景』と題された小品があり、おりにふれて旅行で訪れた地中海沿岸で、土地の人の手になる郷土料理を味わった思い出が語られている。
 最初に語られるのは、地中海を代表する魚料理ブイヤベースだ。
「私たちはサルデーニャの海岸に沿って、マッダレーナ島に向かっていた。朝の散歩だ。漕ぎ手たちはゆるやかに舟を進め、船べりから身を乗り出して、私は湧き水のように澄んで、底まで太陽の光が届いている海を眺めていた。クラゲやヒトデが海ごけの間に身を横たえていた」
 マッダレーナ諸島は、サルデーニャの北端、当時すでにフランス領になっていたコルシカ島にもっとも近いところ・・・