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連載

をんな千一夜 第28話

「中村屋サロン」女主人の光と影
石井 妙子

2019年7月号

《相馬黒光》

先日、仕事で四日間だけカリフォルニアに滞在した。ごく普通のスーパーでも、当たり前のように海苔巻きが売られている。アボカド、サーモン、サニーレタスが入ったカリフォルニアロールと言われる海苔巻きは、それなりに美味しく感じられた。
 外国の食べ物が海を渡って異国に伝わり、形を少し変えて定着していく。日本でいえば、カレーライス、ラーメン、アンパンなどが挙げられようか、と考えて、ふと中村屋のことを思い出した。
 二〇一一(平成二十三)年まで新宿の中村屋本店三階には「レガル」という名のレストランがあった。看板メニューはカリーで、店内には荻原碌山の彫刻がさりげなく飾られており、戦前の「中村屋サロン」を偲ばせる、ゆったりとした時間の流れる、特別な空間だった。
 クリームパンとカリーで有名な、この中村屋を創業したのは相馬愛蔵、黒光夫妻。とりわけ黒光の力が大きかった。女性実業家であり、芸術の理解者でもあった黒光。
 彼女を慕って画家、彫刻家、小説家、詩人、女優ら、芸術家が集まり、中村屋は単なるパン・・・