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連載

大往生考 第13話

家族に囲まれ迎えた最期
佐野 海那斗

2021年1月号


 正月になると思い出す患者がいる。私が二十代のときに担当した肺がん患者だ。病変は脳や骨に転移し、放射線治療など対症療法を実施しながら、入退院を繰り返していた。子どもたちは独立し、妻と二人暮らしだった。
 勤め先の病院は例年、十二月二十八日で通常業務を終えていた。もちろん、救急外来や入院治療は継続するが、予定検査や手術はなくなる。さらに正月休みが特殊なのは、多くの入院患者が自宅に一時帰宅することだ。進行がんなどを抱える患者にとって、最後の正月になる可能性が高いからだ。このため、年末年始の入院病床はがら空きになる。当時、私が勤務していた病院では病床稼働率は五〇%を切っていた。
 私は年末年始の日当直が好きで、二十代の頃は自ら希望して引き受けていた。多少、外来患者は来るものの、普段の忙しさが嘘のように病院内は落ち着き、退院サマリーなど溜まっている仕事をこなすことができるし、誰もいない医局でのんびりと映画などを観ることもできた。さらに、年末年始の日当直は、少しだけ手当も多い。家にいてもすることがないのだから、病院で働いた方がいい。
 ところが、この年は・・・