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連載

現代史の言霊  第36話

四月の衝突 -二〇〇一年中国海南島事件-
伊熊 幹雄

2021年4月号

《悪いことをしていないのだから、謝罪できない》
コリン・パウエル(元米国務長官)

 沖縄の嘉手納米軍基地を暗闇の中、離陸したロッキード「EP‐3」型偵察機は、まもなく長い任務を終えて、帰任しようとしていた。操縦士のシェーン・オズボーン中尉が、「あと十分だな」と思った直後に、「敵機、接近!」の声が上がり、機内はとたんに緊張した。
 二〇〇一年四月一日の午前九時十五分。中国海南島から百十キロメートルほど沖合の、高度六千七百メートルの上空だった。中国人民解放軍の「殲八」型が二機。一機が米軍機に急接近した。
「おい、ぶつかるぞ」
「こんなのは見たことがない」
 機内に驚きの声が上がった。乗員は女性三人を含む二十四人。この米軍機は「ワールド・ウォッチャーズ(世界を見る者たち)」の別名を持つ、エリート偵察部隊に所属していた。南シナ海の中国軍が発する、各種の電磁波情報収集の「エリント(電子偵察)」が任務だった。オズボーンは当時二十六歳。肝の据わった、有望株だった。
 中国軍機は米側を慌・・・

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