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連載

大往生考 第17話

水泳・池江の命を懸けた「大博打」
佐野 海那斗

2021年5月号

 医療に関わる者として、後にも先にもこれほど出来過ぎた話は聞いたことがない。水泳・池江璃花子選手の復活劇だ。二〇一九年二月、急性リンパ性白血病を公表したとき、今日のこの活躍を予想した医師は一人でもいただろうか。
 仲の良い血液内科医に、池江選手の白血病公表の直後、将来展望を聞いたことがある。「東京五輪への出場は不可能」との即答だった。改めて今回の快挙について問うと「命を懸けた大博打を打ち、そして勝ったのだ」と当初予想の大外れをばつが悪そうに認めた。
 彼が指摘する最初の「博打」は造血幹細胞移植(以下、移植)を選択したことだ。急性リンパ性白血病の治療で判断が難しいのは、池江選手の年齢なら抗がん剤だけでも約七割で治癒が望めることだ。移植と比べ身体ダメージは軽度で、アスリートとして復帰できる可能性が高い。ただ、この場合の問題は、寛解導入法や地固めの強い抗がん剤治療を終えた後、二年程度、少量の抗がん剤を維持療法として内服し続けなければならないことだ。この期間は復帰できない。
 五輪出場を目指すなら、できるだけ早く治療を終えねばならない。移植は、この目的に適う。大量・・・