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連載

をんな千一夜 第56話

寂聴が憧憬した尼僧
石井 妙子

2021年12月号

《高岡 智照》

 九十九歳での大往生ではあるとしても、瀬戸内寂聴の訃報に接し、心が沈んだ。戦争に青春を奪われ、戦後に筆を持つ身となり、どん欲に創作に打ち込んだ一連の女性作家たちがいる。有吉佐和子、田辺聖子、宮尾登美子、山崎豊子、その最後の幕が下りてしまったのだ。良妻賢母の枠からはみ出しながらも、己を生きる。とりわけ瀬戸内は道ならぬ恋を含めて自身の経験も作品に落とし込んだため、時に不当な批判を受けもした。それでも最後まで筆を離さず、また、戦争や原発政策に反対するなど社会とも交わり続けた人であった。  
 もし一冊、作品群から選ぶとするならば、私は迷わず『女徳』を挙げたい。この作品には明確なモデルが存在する。京都に今もある祇王寺の庵主として知られた、高岡智照(高岡たつ子)である。全国に名を知られた美人芸者だったが、流転の果てに出家し、尼に。後半生は祇王寺を復興するために尽くし、随筆や小説を書き、また自分の半生を自伝として書き残した。  
 明治二十九年生まれ。鍛冶屋の父は大酒飲みで家庭は貧しく、高岡はわずか七歳で奈・・・