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社会・文化

「森ビルと出光」醜い法廷闘争中

美術品取引を巡って「大喧嘩」

2021年12月号公開

 出光興産と森ビル―。いずれの企業も、美術界との関係が深いことで知られる。その両社の関連法人が、美術品取引を巡って法廷闘争を繰り広げている。美術品取引のトラブルと言えば、怪しい美術商やブローカーが登場するのが定番だが、出光と森ビルの対立には、そんな人物は登場しない。にもかかわらず、裁判はドロ沼の様相を呈している。  
 森ビルは、六本木ヒルズで美術館を運営するなど文化事業に熱心に取り組んできた。一〇〇%子会社のM&Iアートを通じて、美術館運営や動産担保融資のコンサルティング、全国の美術展の企画・プロデュースといった事業も行っている。  
 一方、出光興産創業者の出光佐三氏が蒐集した東洋美術コレクションを展示するために一九六六年に設立されたのが、出光美術館だ。東京の帝劇ビルや、創業地である北九州市で美術館を運営している。現在の館長は佐三氏の孫にあたる出光佐千子氏だ。二年前に館長に就任した佐千子氏は七三年生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、同大大学院で美術史を学んで博士号まで取得している。現在は青山学院大学で准教授を務める他、文化庁・文化審議会博物館部会の委員の一人でもある。

突如として打ち切られた契約  

 裁判の原告となった森ビル側、M&Iアートの主張によると、同社の特別顧問を務める渡邊勲氏と佐千子氏は昵懇の間柄だったという。二人は「日本ノルウェー協会」の理事として活動する中で親しくなった。出光興産と昭和シェル石油の統合話が持ち上がった際、渡邊氏が佐千子氏らに助言したという話も裁判資料には載っている。  
 トラブルの発端は二〇一七年末に遡る。佐千子氏が、出光美術館所有の作品の売却を渡邊氏に相談したという。俎上に載ったのは米国の現代画家、サム・フランシスの作品群九十六点。出光美術館は東洋美術が専門だが、コレクションには他ジャンルのものも多い。
 出光側がコレクションを放出しようとしたのは、東洋美術の作品購入の原資にするためだったとされる。当時、江戸絵画のコレクターとして知られる米国人、ジョー・プライス氏が作品を手放すとの噂が出ていた。佐千子氏の父で、当時の館長でもある出光昭介氏がプライス・コレクションの購入を切望。佐千子氏は当時、渡邊氏に「言い値でも買いたい」と伝えたという。  
 佐千子氏は保有しているフランシス作品のリストや画像資料等一式をM&Iアート側に提供して価格査定を求めた。一カ月以上かけた査定の結果、売却価格の下限が三十五億円と設定されている。  M&Iは、著名なアート・ディーラーである元ロサンゼルス現代美術館の館長、ジェフリー・ダイチ氏に接触する。そしてダイチ氏の意見などを踏まえ、佐千子氏に対し「ディーラーや投資家グループに一括して売却するのが理想」と説明した。これに対して佐千子氏は一八年上半期までに契約締結と決済を完了したいと応じ、同年三月二十五日に「御社にお願いしたい」と渡邊氏にメールを送信した。同氏は「貴美術館のお役に立てるよう当社の総力を挙げて努力いたします」と返信している。M&I側は、このやりとりで「独占的販売委任契約が成立した」と主張している。  
 その後M&Iは、篠原研二郎社長が香港でダイチ氏と面談するなどして一括売却の話を進めている。一八年五月には売却に向けた内覧が行われる予定だったが、これが頓挫してしまう。それに対し佐千子氏側は、「フランシス作品を九州から三鷹(東京)に輸送しており、後戻りはできない」という趣旨の話をM&I側にしている。  しかし佐千子氏は同年六月二十一日に突如として、M&I側に対し売却話の保留を求めた。その際、佐千子氏は、「(日本画を放出する)プライス氏側から七月中旬までに代金の半額を払うように要求された。(資金の用意が間に合わないので)購入中止を考えている」という趣旨の説明をしたという。プライス・コレクションが買えないので、フランシス作品の売却も必要なくなったということだ。最終的に七月に入りM&I側に契約打ち切りを通告している。  しかし、である。なぜかその三カ月後の十月一日、出光美術館が所有するフランシス作品九点がサザビーズ香港のオークションにかけられた。続いて十一月十五日に同ニューヨークで七点、二十四日に同香港で三点、十二月五日と六日に同パリで計四点と次々と売却されていったのだ。  
 また、結果から言えば出光美術館は一九年六月、伊藤若冲の代表作「鳥獣花木図屏風」や円山応挙、酒井抱一などの作品を含むプライス・コレクション約百九十点を購入したと発表している。  
 M&I側は、「話が違う」と憤慨。一九年三月には査定した売却最低価格三十五億円の一〇%に当たる三億五千万円の支払いを求め、東京地裁に提訴した。

「言った、言わない」の争い 

 被告の出光美術館は、M&Iと独占的販売委任契約を締結した事実はないと主張。購入希望者を紹介してもらう単なる仲介契約だったという言い分だ。  
 また出光側は、フランシス作品の売却検討の目的も違うと主張している。一七年頃から出光興産と出光美術館の関係が冷え込んだため、株の配当に依拠しない運営を模索。その一環として美術品の売却を検討したので、プライス・コレクション購入とは無関係という趣旨の主張を展開しているのだ。  
 契約の打ち切りについては、前述した内覧の頓挫などを理由に挙げ、「M&Iが購入希望者を探すことは不可能」と判断したという。  
 M&I側への通告後に佐千子氏は、経団連の第二代会長を務めた故・石坂泰三氏の孫である、美術商の石坂泰章氏に相談を持ちかけたという。泰章氏は一八年からサザビーズジャパン会長兼社長に就任しており、このルートでオークションにかけられたのだ。  
 今年五月には、佐千子氏本人が出廷し、証人尋問が行われた。そこで同氏は、過去の渡邊氏などM&I側とのやり取りは弁護士に相談して進めてきたと語った。これに対してM&I側は、交渉の過程で弁護士同席はおろか、弁護士の話すら出てきたこともないとし、「急ごしらえで証言内容を変更させたものであり、偽証罪の対象となる悪質な証言」と批判している。  
 また、出光美術館側が「プライス・コレクション購入とフランシス作品売却は無関係」と主張したことに対しても、M&I側は反論。プライス氏の米国での動向を、渡邊氏が佐千子氏に報告したメールを証拠として提出している。M&I側は「明白な嘘をつくこと自体、被告の主張が全て失当であることの証左」とまで主張している。  
 どちらが正しいか真相は藪の中だが、来年には判決が出るとみられる。美術界からは「言った、言わないで森ビルと出光が争い続けるのは、なんとも情けない話」(美術商)と呆れる声が出ている。


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