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経済

日本の電力は「途上国並み」に

関東圏「大停電」のXデー

2022年5月号公開

 三月二十二日十四時、関東圏の電力使用率は一〇七%を突破しつつあった。
「万事休す。終わった……」
 東京電力ホールディングスの社長・小早川智明、需給運用担当常務・山本竜太郎ら幹部は、照明を落とした暗がりの中で解任を覚悟した。この日、八時から十五時までに二千八百万キロワット(kW)時の節電を期待していたが、十四時時点の節電量は一千万kW時に届いていない。進捗ペースは三分の一にとどまり、電力使用率は一向に下がる気配がないのだ。

東電「老朽火力」ばかりの脆弱性

 すでに需要は供給力を上回っている。それでも、停電が発生していないのは供給力に含まれない揚水発電がフル稼働していたからだ。電力需要の少ない夜間に水を汲み上げてダムに貯め、昼間に放水して発電する揚水発電は需給対策の“最後の砦”。しかし、その貯水量も二十一時には尽きる。
「どうなっているんだ!」
「駄目です。節電が三分の二足りません」
 経済産業省出身の首相政務秘書官・嶋田隆から掛かってきた電話に、応対した東電幹部の憔悴は著しかった。夕刻からの大規模停電は避けられない状況なのだ。なぜこんな事態に陥ったのか―。官民の体たらくは、自由化と脱炭素に偏重した電力政策が穿った陥穽を象徴する。しかも、その転落は始まったばかりなのだ。
 需給逼迫の直接の原因は三月十六日、東北・関東圏を襲った最大震度六の地震で十カ所以上の火力発電所が相次ぎ被災、四百四十万kWの出力が脱落したことにある。それでも、東電は「晴天ならば太陽光発電で補える」と鷹揚に構えていた。ところが、間が悪くJパワーの磯子火力新一号・二号機(神奈川)まで地震以外の設備トラブルで停止した。東電幹部が青ざめたのは二十一日である。翌日の東京は荒天のうえ、最高気温五度未満と真冬並みの寒気が予報されていたからだ。
 東電内部では節電要請しかないと囁かれたが、「節電は行政が決めること。事業者が言い出すのは僭越」という判断がある。が、経産省も責任を忌避して言い出さない。同日二十一時、ようやく資源エネルギー庁電力基盤整備課長の小川要がオンライン会見し、供給力不足を明らかにしたが、メディアから「初の電力需給逼迫警報か」と問われても小川は曖昧な回答に終始、会見は二時間超に及んだ。
 警報を認めたのは翌二十二日八時四十分、閣議後の会見に臨んだ経産相・萩生田光一である。逼迫当日の警報発令となったことを「需給の精査に時間を要した」と弁解している。節電は周知されず、十時台に電力使用率は一〇〇%を超えた。十一時三十分、小川と東京電力パワーグリッド副社長の岡本浩が共同会見し、節電を再度要請したが、電力使用率の上昇は止まらない。万事休す―、東電に諦念が広がっていたときだ。
「二十時までもう一段の節電をお願いします。ネオンや不要な照明を消し、暖房温度は二十度に設定していただきたい」
 十四時四十五分、萩生田の緊急会見を機に節電は急速に進んだのである。おそらく官邸の指示だろう。経産相の緊急事態の訴えは日本人の律儀な国民性を呼び覚まし、大規模停電は瀬戸際で回避された。しかし……。
「震度六の地震で停電騒ぎとはどういうことか。この程度の地震は来月また起きても不思議はない」
 エネルギー業界からは東電の脆弱な供給力、すなわち災害に弱い老朽火力が目立つ電源への不信の声が上がる。実は今回、それを裏付ける事態が出来していた。
 東電が二十二日、四千五百万kW超の最大需要に対し、他の電力会社から受けた応援融通は百四十万kWにすぎなかった。周波数六十ヘルツの西日本からの融通が六十万kWと低水準にとどまった結果だが、五十ヘルツの東日本へ送電する周波数変換設備の容量がそれだけしか空いていなかったのだ。
 しかし、同設備の容量は東日本大震災前の百二十万kWから、八年の歳月と一千三百億円の総工費をかけて二百十万kWへ増強されたはずである。ところが、実際は百二十万kW分が常時使用されており、緊急時の容量はむしろ九十万kWへ低下していた。しかも、二十二日は三十万kW分が点検中だったため、残り六十万kWしか融通できなかったのだ。
 判明したのは、東電と中部電力の燃料・火力発電会社JERAが、効率のいい新鋭火力がある中京圏から、維持費がかかる老朽火力の多い関東圏へ日常的に電力を供給している実態である。その結果、いわば二車線ある周波数変換設備は一車線が常時渋滞している状態にあるわけだ。緊急時に十全に機能しない同設備の運用に、ある電力関係者は鼻白んだ。
「東電は供給エリア外の電源に多くを依存している。にもかかわらず、関東圏の老朽火力を廃止したのはどういう料簡だ」

「供給責任」放棄のモラルハザード

 JERAは三月三十一日、東京湾沿岸の大井火力、横浜火力の五基百五十八万kWを廃止した。すでに六年前から計画停止しており、老朽化で採算が合わないというのが理由だが、需給逼迫の直後の廃止には違和感がある。
 では、六年前の事情はどうだったのか―。二〇一六年はまさしく電力全面自由化の年。電力各社は老朽火力を早々に停止し、安価な限界費用で余剰電力を卸電力市場へ売り出せ、と急かされていた時代である。当時の東電の供給予備率は一〇%を保っていたが、今や様変わり。来年一月はマイナス一・七%、同二月もマイナス一・五%の見通しであり、すでに冬場の停電が暗示されているのだ。
 一方、卸電力市場から電力を調達して参入した新電力は七百社に上り、東電の場合、三割近い七百万件超の顧客を失った。競争は進んだかに見えるが、肝腎の電気料金は下がったのか、いや、むしろ資源価格の高騰を受けて上昇している。それどころか、供給責任の放棄が始まっているのだ。
 燃料費調整制度―。電力供給には規制料金と自由化料金があるが、いずれも毎月、過去三カ月の燃料費の移動平均値を反映させる通称「燃調」が適用されている。これが料金漸増の要因だが、電力十社の規制料金の値上げ幅は二月分から緩和され始めた。北陸電力は燃料費の上昇が燃調の上限価格を超え、それ以上転嫁できなくなったのである。
 北陸のほか、すでに関西、中国、四国、沖縄が上限を超え、東北、九州も六月分から超える。改めて転嫁するには規制料金を本格改定し、上限価格を引き上げる必要があるが、各社は「七月の参議院選挙を控えて、とても値上げ認可の政治的地合いは整わない」という判断。赤字負担を覚悟する一方で、ひそかに進んでいるのが、青天井の燃調が認められている自由化料金への規制料金顧客の誘導である。本来割安なはずの自由化料金は、今や規制料金より高い逆転現象が起きている。
 その逆転に拍車を掛けているのが卸電力市場の高騰だ。朝夕の時間帯のスポット価格は、一kW時当たり二十~二十五円と例年の二倍超に高止まりし、収束の兆しはみえない。逆ざや販売の新電力の苦境は強まり、昨年度は三十一社が撤退、今年度はその数倍の経営破綻が予想されている。ところが、発送電分離後の電力会社は新電力へ一度離脱した需要が戻ってくることを嫌っているのだ。ある小売子会社の幹部はうそぶいた。
「新規の契約は原則受け付けない。この卸電力の高止まり局面では売れば売るほど赤字。需要家も自己責任の時代だ」
 行き場を失った需要家には、電力会社の「最終保障供給約款」に基づき、送配電子会社から規制料金の二割増しの電力が供給されるが、現在、経産省では四割増しへ値上げが検討されている。供給責任を放棄するモラルハザード―、それが、この六年の電力全面自由化の実相である。

岸田は「原発再稼働」するのか

「六月のG7サミットで石炭に原油が続いた場合、天然ガスも例外とは言えなくなる」
 エネルギー関係者の間では、ウクライナ危機をにらみつつ神経質な囁きが交わされる。すでに主要七カ国はロシア産石炭の段階的禁輸を決めたが、万一、ロシア軍が戦術核など大量破壊兵器を使用した場合、原油はおろか、代替先がない年六百万~八百万トンのサハリンLNG(液化天然ガス)の輸入が秋口にも途絶するのは必至だろう。そのとき、最も打撃を受けるのは関東圏なのだ。
 来年になれば、建設佳境のJERAの姉崎火力(千葉)、五井火力(同)、横須賀火力(神奈川)の六基四百十六万kWが順次稼働する。しかし、姉崎と五井はLNG火力であり、燃料がなければ最新設備も無用の長物。期待できるのは石炭火力の横須賀新一号機六十五万kWしかない。それすら、来年六月の運転開始をどんなに前倒ししても、冬場の需給逼迫には間に合わないだろう。エネルギー関係者からはこんな声も上がる。
「原子力規制委員会を動かせる人物は一人しかいない」
 首相・岸田文雄はウクライナ危機に関連して「原子力を含めあらゆるエネルギー源を活用していく」と語り、原発の再稼働促進を示唆し始めた。「原子炉等規制法」の運用を見直し、テロ対策設備の竣工まで停止させられている原発を動かすべきという主張は与野党にある。が、規制委の委員長・更田豊志は一切肯んぜず、しかも、独立性の高い三条機関・規制委には他省庁は介入できない。唯一、行政府の首長である岸田が更田を翻意させれば、関西電力、九州電力の原発は再稼働し、西日本の電力供給は盤石になるだろう。
 それでも、関東圏は救われない。東電の柏崎刈羽原発は不祥事が相次ぐ東電の事業主体としての適格性を問われ、停止しているのだ。かつて民主党政権の首相・野田佳彦は多くの批判の中、近畿圏の需給逼迫を防ぐため、大飯原発を動かした。それを上回る胆力と知恵が岸田にあるか―。停電危機の陥穽はまだまだ深い。(敬称略)
 


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