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連載

大往生考 第29話

在宅専門医の見事な判断
佐野 海那斗

2022年5月号

「おはようございます。先程、夫が亡くなりました。長い間、ありがとうございました」
 四月初旬、私は十五年ほどフォローしている患者の妻から連絡を受けた。その最期は、コロナ禍での最期の迎え方を考える上で示唆に富む。
 患者は七十代後半の男性だ。二十年ほど前、都内の大学病院で、悪性リンパ腫に対し同種造血幹細胞移植を受けていた。原疾患は治癒したが、移植合併症の「慢性GVHD」のため、視力が低下し、妻が付き添わなければ外出できなかった。私は、大学病院の医師から紹介され、合併症のフォローと、高血圧、慢性胃炎、逆流性食道炎などを治療していた。患者の闘病は多難だった。五年ほど前、口腔がんを発症し、同じ大学病院で手術を受けることとなった。幸い、口腔がんも完治したものの、発語障害が残った。
 それでも、患者と妻は明るく、前向きだった。口腔がんの手術後、私の外来に戻ってきて、「目も口も悪くなったけど、毎日、二人で散歩している」と近況を教えてくれた。目と口はともかく、耳は達者だ。ピアノを習っている孫娘と共に、趣味のクラシック音楽を聴くのを愉しみとしていた。
 コロナの流・・・