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連載

大往生考 第37話

「肝性脳症」という癒し
佐野 海那斗

2023年1月号

 お世話になっている医療法人の理事長が亡くなった。まだ六十五歳だった。一代で病院を立ち上げた立志伝中の人物だ。十五年ほど前に知人の紹介で知りあった。飾らない人柄で、気が合った。やがて家族も紹介され、非常勤医師として彼が経営する病院の外来診療を手伝ったこともある。
 彼の調子が悪くなったのは一年前のことだ。久しぶりに会うと、腹部が膨満し、顔が黄色くなっていた。肝硬変の典型的症状だ。肝機能が低下して腹水が溜まり、黄疸が出現する。医者なら一目でわかる。彼の方から、「肝硬変で先は長くない」と切り出した。彼の出身地は、C型肝炎ウイルス(HCV)の蔓延地域として知られていた。母親も肝硬変、肝臓がんで亡くなっている。幼少期のいずれかの時期に感染したのだろう。
 HCVは面倒なウイルスだ。感染すると、多くは慢性肝炎へと進行し、約六割が肝硬変となる。肝硬変とは、HCVの感染による慢性炎症で、肝臓の細胞が死滅し、その痕が線維化される病気だ。肝硬変が進めば、肝細胞がんや肝不全で亡くなる。
 一九八九年にHCVの遺伝子がクローニングされて以降、研究が進み、治療薬も開発された。九〇・・・

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