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連載

テイレシアスの食卓 vol.03

パンをめぐる考察
河井 健司

2023年6月号

 料理は一筋縄では行かない。経験を積むほどにつくづくと思い知らされる。
 貴重な時間を割いて足を運んでくださるすべてのお客様に無論、その時のベストは尽くすが、それでも至らぬこともままある。さながら医学におけるヒポクラテスの誓い、と表現するには大仰かつ不遜かも知れないが、客の社会的地位や資本力に左右されることなく、作る料理にかける熱量は等しい。筆者に限らず、職業倫理を大切にしている料理人は皆、同じ思いではなかろうか。
 そんな日々を送る中で、自身の経験と知識を生かした美味しいと思えるフランス料理を提供しているが、完璧なる美味など不可能に近いこともわきまえている。理由は簡単、料理の評価は個人の嗜好、つまりお口に合う、合わないがあって当然だからだ。ゆえに一筋縄では行かないが、むしろこれを糧に精進するのがプロの在り方であろう。
 さて、料理の嗜好といえば、フランス料理界隈では偶像と虚像が大好物らしい。これはなにも日本に限った現象ではなく、メディアの発達とともにフランスでも同様である。シェフの誰かを偶像化すれば業界は活気付くのだから、これを否定するつもりはない。しか・・・

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