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経済

JT「戦争支援企業」の二枚舌

葉たばこ農家「撲滅」と財務省の計略

2023年12月号公開

 ロシアの侵攻を受け続けるウクライナ政府が日本たばこ産業(JT)をわが国で唯一の「戦争支援企業」に指定したことは記憶に新しい。そのJTは政府(財務相)が筆頭株主で半ば官営企業だ。先進七カ国(G7)首脳会議の議長国でもある日本はロシアを激しく非難してきたが、その裏でJTの海外子会社は巨額の税金をロシア政府に上納し、戦費にも投入されている。このJT、実は日本国内でも、もう一つの二枚舌を駆使している。その絡繰りとは―。
 秘密を解くヒントは、日本でも急成長している加熱式(非燃焼式)たばこを巡り、JTが競合他社に大きく出遅れた業界の勢力図にある。周回遅れを挽回するため、JTは従来の紙巻きたばこの市場を奪還すべく、手練手管を繰り出しているのだ。
 この師走も、自民党本部は来年度税制改正に向けた陳情団で溢れかえった。JTも動き回り、加熱式たばこだけの増税を政府に働きかけている。税率は一本当たりの葉たばこの量で決まるため、加熱式たばこの税率は紙巻きたばこより低い。このうち加熱式だけ税率を引き上げ、加熱式の価格のみ上がれば、加熱式の消費は抑制される。JTの大義名分は「国産葉たばこ農家の保護」(自民党筋)。紙巻きの場合、JT製品一箱当たり国産葉たばこを三・八グラム使うが、加熱式は同一箱当たり〇・四~〇・七グラムしか使用しない。健康志向が高まり、加熱式が伸長すると、葉たばこの消費量が落ち込み、国産葉たばこ農家は苦境に陥るという理屈である。 

「農家保護」の一方で「廃作奨励」

 詭弁のお先棒を担ぐのが葉たばこの代表的な生産県・鹿児島県選出の自民党総務会長、森山裕。一年前に決まった「令和五年度税制改正大綱」は防衛力強化の財源確保のため「令和九年度に向け、たばこ税を『三円/一本相当の引き上げ』を実施」と明記した。実は、そこに「国産葉たばこ農家への影響に十分配慮しつつ」と付言されている。この文言は自民党税調の中枢に君臨する森山の差配で、大綱決定の間際に突如として書き加えられた裏事情がある。
 この一文の含意は国産葉たばこ農家への影響が少ない増税、すなわち加熱式たばこのみの増税だ。ここまで書くと、森山が葉たばこ農家を守るために、紙巻きの復活を画策するJTと共闘していると思われるかもしれないが、実態は全く異なる。JTが舞台裏で「国産葉たばこ農家保護」の大義名分とは真逆の動きを推し進めているからだ。それは葉たばこ農家に対する「廃作奨励」。JTは面積十アールにつき三十六万円の協力金を支払い、国産葉たばこの廃作・他品目への転換を求めている。
 二〇二二年には、十年ぶりに廃作を募集し、国内の葉たばこ耕作面積は前年比で三四%も減少した。日本専売公社が民営化した一九八五年に七万八千六百五十三戸あった葉たばこ農家は、今では二千二百九十二戸と九七%も激減し、葉たばこ農家はもはや絶滅危惧種である。
 JTが「廃作」を求める訳は、海外産葉たばこの方が安価で良質なためだ。現在の法律では、日本産の葉たばこはJTしか使用できない上、JTが全量を買い上げなければならない。国産葉たばこの調達価格は外国産葉たばこの約三倍以上に上り、品質的にも最高とは言えない。海外たばこメーカーのフィリップモリスやブリティッシュ・アメリカン・タバコに原価、味わいの両面で対抗するには国産葉たばこを使わない方がいい。協力金を払ってでも国産葉たばこの使用量を減らし、できるだけ早くゼロにしたいのが本音なのだ。
 にもかかわらず「国産葉たばこ農家保護」を掲げ、森山らを手玉に取り、加熱式の増税を画策する理由は、日本市場の加熱式たばこの分野でJTが「独り負け」しているためだ。加熱式では、フィリップモリスが七割を占め、ブリティッシュ・アメリカン・タバコが二割弱。JTのシェアはわずか一割強に過ぎない。しかも加熱式のマーケットは急成長中で、全たばこ市場の四割に迫る。国際社会でたばこを取り巻く環境は厳しく、欧米では、喫煙者の間でも「ハームリダクション(害の低減)」と呼ばれる動きが活発化している。
 JTも表向き、同一歩調を取っているが、この流れが日本でさらに加速してしまうと、紙巻きをドル箱としてきたJTは負け組になる。このため、JTは「アンチ・たばこハームリダクション」を画策しているのだ。加熱式の税率だけ引き上げれば、価格もそれに連動して高くなり、紙巻きのシェアが相対的に拡大していく―。それがJTの目論見なのだ。

ロシアに巨額の税金を献上

 日本では紙巻きと加熱式を合計した全たばこ市場でJTのシェアは現在四〇%強まで低下。二位のフィリップモリスのシェア三九%との差はわずか一ポイントで、JTの首位陥落は秒読みだ。土俵を割れば、財務省が得る年間一千二百億円超ものJTからの配当金は落ち込む。隠れ国家予算の財政投融資特別会計に組み込まれてきた配当金の減少は、財務省経由であまたの特殊法人などへ還流させてきた「虎の子」の枯渇を意味する。それゆえ、財務省は発行済株式の三三・三四%超を保有する筆頭株主兼庇護者として、JTの苦境を誰よりも把握し、金の卵を支援しようと「二枚舌商売」に加担。葉たばこ農家の保護を盾に権益死守へ策動するJTに与し、海外ではJTのロシア事業を守ろうと屁理屈をこねているのだ。
「グループ経営から(海外子会社)の分離を含めた選択肢を検討していると承知している」。国会で立憲民主党の渡辺周議員から「日本が間接的にロシアを支援している」と追及されると、上川陽子外相はお茶を濁したが、経営を分離しても実態は変わらない。
 JTは二三年度にグループ全体の利益の二五%をロシア事業が占める見通しを公表している。二二年度の比率は二二%だったので、経営の強い意思によりロシア事業を伸ばそうと計画しているのは明白だ。しかも米経済誌フォーブスによると、JTの海外事業を統括するJTインターナショナル(JTI)は二二年、ロシア国内にある非ロシア系企業の中で売上高が事実上のトップに躍り出た。JTIがロシア政府に納めるたばこ税は年間五千億円超。それがウクライナ侵攻のための武器弾薬の製造や購入、侵攻の資金と化している。
 防衛費倍増の財源は法人税と復興特別所得税、たばこ税。窮地の岸田文雄首相は増税先送りを喧伝するが、いずれ増税ラッシュになるのは確かだ。日本を守る防衛費に増税分を充てるという御高説の一方、JT子会社がロシアに巨額の税金を献上し、戦費を賄う絵図はブラックジョークだ。JTの出まかせは日本の国益を大きく毀損している。そして利益最優先のJTを差配するのは財務省。国破れて省益あり、である。(敬称略)


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