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南海トラフ「被害想定」に疑念あり

鷺谷 威(名古屋大学減災連携研究センター教授)

2025年6月号

 ―政府が今春発表した南海トラフ地震の被害想定をどう思いますか。

 鷺谷 私は、現状の科学的知見ではあまり確たることは言えないという立場だ。これまでの研究の積み重ねに基づいても、予測には大きな幅が生じる。同じ予測でも、最悪のケースと最善の場合で、被害の様相がかなり違う。「関心を集める」という意味で、大きな数字を出すことに一定の理解はできる。本当の目的は地震国で暮らしているリスクを人々が正しく理解し、備えることだが、それが十分とは言えない。

 ―特に問題なのは、どの点ですか。

 鷺谷 人的被害の想定とそれについての評価がわからない。前回の想定から10年以上が経過し、この間、静岡や和歌山、愛知などの沿岸部には、津波避難用のタワーが数多く設置された。さらに避難訓練も実施し、対策を目の当たりにしている。にもかかわらず、死者数の最大想定は約32万人から約30万人に減っただけ。この数字が誤りという意味ではなく、「なぜあまり減らないのか」ということへの十分な説明がない。国の情報発信、メディアの伝え方にも問題があるのだろうが個々の取り組・・・

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