大往生考 第65話
患者をいかに見守るか
佐野 海那斗
2025年5月号
「独居高齢者にとって、自宅は危険に満ち溢れている。医者にできることはもっとある」
先日、大学の先輩医師から投げ掛けられたこの言葉で、私は苦い経験を思い起こした。
80代の女性患者のAさんは20年前、腎盂腎炎から敗血症を発症した際、私が主治医として治療した。以来、私の外来に通っていた。
Aさんは農業を営んでいた。夫を亡くした後は、農地を知人に譲り、自宅で家庭菜園を続けていた。2人の娘がいたが、それぞれ家庭を築いていた。何度か同居を提案されたが、「気ままな一人がいい」と独居生活を送っていた。
Aさんは高血圧、糖尿病、骨粗鬆症を抱えていた。脳卒中で寝たきりとなった父親を看取った経験からか、人一倍健康には気を配っていた。血圧や血糖のコントロールは良好で、「模範的な患者」と言ってよかった。
そんなAさんの容体が突然悪化した。家を訪れたホームヘルパーが、トイレで倒れているAさんを発見したのである。ヘルパーはすぐに救急車を呼び、病院へと搬送された。
救急外来での診断は、大腿骨の膝関節近くの骨折だった。骨折部位からは大量の出血が認・・・
先日、大学の先輩医師から投げ掛けられたこの言葉で、私は苦い経験を思い起こした。
80代の女性患者のAさんは20年前、腎盂腎炎から敗血症を発症した際、私が主治医として治療した。以来、私の外来に通っていた。
Aさんは農業を営んでいた。夫を亡くした後は、農地を知人に譲り、自宅で家庭菜園を続けていた。2人の娘がいたが、それぞれ家庭を築いていた。何度か同居を提案されたが、「気ままな一人がいい」と独居生活を送っていた。
Aさんは高血圧、糖尿病、骨粗鬆症を抱えていた。脳卒中で寝たきりとなった父親を看取った経験からか、人一倍健康には気を配っていた。血圧や血糖のコントロールは良好で、「模範的な患者」と言ってよかった。
そんなAさんの容体が突然悪化した。家を訪れたホームヘルパーが、トイレで倒れているAさんを発見したのである。ヘルパーはすぐに救急車を呼び、病院へと搬送された。
救急外来での診断は、大腿骨の膝関節近くの骨折だった。骨折部位からは大量の出血が認・・・