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連載

現代史の言霊  第88話

8月の悔恨-原子力潜水艦「クルスク」沈没(2000年)
伊熊幹雄

2025年8月号

私は現場に行く意欲を示せたはずだった
ウラジーミル・プーチン(露大統領)

 21世紀が4分の1を終えつつある今、国際政治は「大物の時代」である。ドナルド・トランプ米大統領、中国の習近平総書記、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領の3人は、それぞれの国の歴史に照らしても、重量級の指導者であり、後世にも影響力を残す「大物」だ。今回はそのうちの一人が、「怪物」に脱皮する契機となった事件を取り上げる。
 モスクワの夏は、とても過ごしやすい。体にこたえる厳しく長い冬から一転して、街は緑にあふれ、空気はさわやかである。2000年の夏もロシア中で、人々は貴重な好天を満喫していた。
 国中が夏を楽しむ8月12日昼。北洋のバレンツ海で大掛かりな軍事演習が行われていた。主役は最新鋭の原子力潜水艦「クルスク」だ。原潜は、ソ連(ロシア)の軍事力、科学技術力を最も印象的に示すものとして、世界の海洋を威風堂々と航行した。
 ところが、ソ連帝国の分裂・崩壊と東西冷戦の消滅により、最新鋭原潜は行き場をなくした。クルスクは完・・・

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