テイレシアスの食卓 vol.32
料理名の社会学
河井 健司
2025年11月号
料理名を深掘りすると面白い。例えば「牛フィレのヴィクトリア風」と名づけられた大英帝国最盛期の女王ヴィクトリアにちなんだ古典料理がある。丸く平らに作った鶏のクリームコロッケの上に、焼いた牛フィレ肉と半割りのトマトをのせた料理で、食材を重ねてできる凹凸が、ヴィクトリア様式の建築を思わせる一品だ。この時代のイギリスは産業革命を背景に、さまざまな芸術、そして文化が花開いたベルエポック期だった。また、フランスや日本、さらにはロシアとの関係を強化し、ピースメーカーと呼ばれたイギリス国王エドワード7世はヴィクトリア女王を母に持つ。加えて、短期間の在位であったエドワード7世の活躍した時期は、ちょうどフランス料理の古典形成期に重なる。当時を代表するフランスの料理人が、いわば外交の手段のひとつとして考案した料理の典型例だ。
中世のフランスまで遡ると、料理に人名がつくものはおおよそ見当たらず、使用する食材と調理法の組み合わせで示されるものが多い。簡潔で分かりやすいが、いささかそっけない感じも否めない。例えば「シャポンのブラン・ブルエ」とは、身を柔らかくするために去勢処理して育てたシャポンと呼ば・・・
中世のフランスまで遡ると、料理に人名がつくものはおおよそ見当たらず、使用する食材と調理法の組み合わせで示されるものが多い。簡潔で分かりやすいが、いささかそっけない感じも否めない。例えば「シャポンのブラン・ブルエ」とは、身を柔らかくするために去勢処理して育てたシャポンと呼ば・・・









