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経済

日本生命と三菱UFJの「裏結託」

なお続く情報窃取の「隠蔽工作」

2025年11月号公開

 出向者による社外秘情報の窃取問題をきっかけに、日本生命保険の内部崩壊に歯止めがきかなくなっている。「矮小化と隠蔽」で一連の問題に幕引きを図ろうとする経営層に対し、全ての責任をなすりつけられた形の現場が反発。経営陣らのシナリオが瓦解しつつある。
 出向者個人が、内部情報を持ち出すことを「自らのミッション」と勝手に勘違いし、暴走してしまった―。9月12日に日本生命が公表した調査報告書の要点はこうだった。
「現場の暴走」を見逃した点は反省するが、本社からの指示も、組織的な関与もない。そうであれば、経営陣の処分もせいぜい数カ月の減給で済むだろう。こんな裏メッセージが読み取れる、矮小化が色濃い内容だった。
 だが、経営陣らが描いたシナリオを真っ向から否定したのが10月11日の毎日新聞の報道だった。出向者の証言から「出向者は日生のために情報をもぎ取ってくる『スパイ』と日生本社の中で位置づけられていた」と暴露するスクープを放ったのだ。
 同紙によると、問題発覚後に開かれた本社と現場の意見交換会で「(本社側からの)実質的な指示があった」と幹部社員自らが訴えていたという。
 小誌の取材に応じた日本生命関係者によると、「トカゲのしっぽ切り」を図ろうとする経営層に対し、銀行窓販を担当する金融法人部の社員や出向者の一部は「詰め腹を切らされるくらいなら、すべての真実を暴露して討ち死にしたい」と激怒。複数のマスコミに不正を告発し始めているという。
「現場派」が強みのはずの朝日智司社長だが、この関係者は「現場派という仮面をかぶった企画畑。昔から現場を信じておらず、彼のファンは営業にほぼいないのでは」と証言する。金融法人部門とも縁遠く、「体よく戦犯にして解体にかかるのでは」ともささやかれているという。

被害者が「過剰な配慮」の理由

 さらに今回、日本生命の巧妙な幕引き工作疑惑が小誌の取材で明らかになった。社外秘情報を不正に盗まれた「被害者」であるはずの三菱UFJ銀行と裏で結託し、もみ消しを図っていたというのだ。
 日本生命は9月12日、三菱UFJ銀を含めた7社の代理店で、計604件の情報持ち出しがあったと発表。赤堀直樹副社長が会見を開き、謝罪した。同日、日本経済新聞が配信した記事に三菱UFJ銀のコメントが載っていたが、実に奇妙なものだった。
「(持ち出された情報は)不正競争防止法に抵触する可能性があるが、当行として不正競争防止法違反を問うまでのものではないと考えている」
 要は「法違反の可能性はあるが問わない」ということだ。情報管理に対する信頼が最も重要な銀行にあって、ドロボウをはじめから許しているような姿勢であり、にわかには信じられない。
 関係者によると、実は問題発覚以降、清水博会長、朝日智司社長が三菱UFJ銀の半沢淳一頭取ら首脳に謝罪。さらに赤堀副社長による三菱UFJ銀への訪問などの結果、両社の担当部署が事前に「穏便な対応」ですり合わせることで一致していたという。日本生命はすでに会見前から、「法令違反に問う可能性は低い」という「満額回答」を三菱UFJ銀から引き出していたのだ。
 金融庁の報告徴求命令の期限だった8月18日に会見を開かず、奇妙なタイミングでの会見となったのは、すり合わせが完了していたことも大きかった。
 なぜ、被害者であるはずの三菱UFJ銀が、日本生命に対して過剰な配慮ともとれる態度をとったのか。それには、日本生命とのゆがんだ関係がある。
 日本生命は、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)の株式1・23%を保有する大株主だ。しかも、清水会長はMUFGの社外取締役でもある。
 三菱UFJ銀にとって告訴すべき相手が、親会社に影響力を持ち、自らに対する監督役であるのだ。非常にいびつな状態にも見えるが、MUFGの有価証券報告書は、日本生命の取引額が業務粗利益の1%未満であり、保有株式も2%未満であるということをもって清水会長を「独立性のある社外取締役」であると説明している。
 だが、巨大な金融グループで、こうした基準に抵触する取引はそもそも多くない。なにより、一般顧客の被害に直結する「利益相反」が起きやすい保険会社との関係性は本来、機械的な「ルールベース」ではなく、予兆管理を基底とした「リスクベース」で考えなければならない。顧客に不利益を与えかねない不透明な癒着関係は即刻絶つべきだ。

内部告発を阻止する異常

 矮小化、もみ消し……。一連の問題では事後対応の不誠実さが際立っているが、新たに「隠蔽疑惑」も浮かび上がっている。
 出向者が盗んでいた三菱UFJ銀の内部情報について、日本生命内で一つのデータフォルダにまとめていたが、問題発覚後に担当者が消去していたと朝日新聞がすでに報じている。ただこれは、日本生命の説明によると「担当者が衝動的に消してしまったもので隠蔽の意図はなかった」という。
 苦しい言い訳ではあるが、隠蔽を図ろうとした疑いはこれだけにとどまらなかった。関係者によると、今回の件を受けて発足した専任調査チームの法務担当幹部が、あろうことか関係社員のメールを社員らに一括で見られなくするか、削除することを提案していたというのだ。
 会社の膿を出そうと、外部へ告発する社員について、この幹部は「同じようなことは勘弁してくれ」と言い放ったという。さらなる問題の外部への発覚を避けるためと見られかねない提案に、調査チームに入った弁護士も「やましいことをしていると報じられるリスクがある」と苦言を呈す始末。ところが「それは法的なリスクではない」と言い返したという。
 ここまで来ると、日本生命のガバナンスに深刻な疑問符がつく。日本生命の特別顧問で経団連会長の筒井義信氏は、問題が起きた当時、日本生命の会長職にあった。9月24日の定例会見で自社の内部情報の不正持ち出しについて「(会長在任時に)指示したこともないが、この事象を検知して是正できなかったことは重く受け止めなければならない」と述べている。
 筒井氏は「役員の責任も当然ある」と語ったが、自身の責任も免れないだろう。経団連会長ポストについてもその正当性を問われかねない。これ以上、不適切な事後対応で傷口を広げないためにも、現場に責任を転嫁するような見苦しい姿勢を改めたほうがよい。


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