本に遇う 第320話
万世一系の空々しさ
河谷 史夫
2026年8月号
天皇制というと「空」の文字が連想されてならない。
この国の象徴とされる天皇のいる場所は空虚だ、と喝破したのはフランスの記号学者ロラン・バルトである。ざっと半世紀も昔のことになるが、その日本印象記『表徴の帝国』を構造主義も記号学も不明のままに読んだ。
バルトによると、西欧の都市には同心円的法則があり、精神性(教会が代表)、権力性(官庁が代表)、金銭性(銀行が代表)、商業性(デパートが代表)、言語性(カッフェと遊歩道をもつ広場が代表)といったものが集合し、凝縮する中心を持つ。
中心とは「特別な場所」であって、つねに充実している。中心へゆくことは、社会の「真理」に出会い、「現実」のみごとな充実に参加することなのである。
ところが異なるのが東京だ。
「いかにも中心をもっているが、その中心は空虚である」という「貴重な逆説」を呈しているのだ。「禁域であって、しかも同時にどうでもいい場所、緑に蔽われ、お濠によって防禦されていて、文字通り誰からも見られることのない皇帝の住む御所」である。
「そのまわりをこの都市の全体がめぐっている。・・・
この国の象徴とされる天皇のいる場所は空虚だ、と喝破したのはフランスの記号学者ロラン・バルトである。ざっと半世紀も昔のことになるが、その日本印象記『表徴の帝国』を構造主義も記号学も不明のままに読んだ。
バルトによると、西欧の都市には同心円的法則があり、精神性(教会が代表)、権力性(官庁が代表)、金銭性(銀行が代表)、商業性(デパートが代表)、言語性(カッフェと遊歩道をもつ広場が代表)といったものが集合し、凝縮する中心を持つ。
中心とは「特別な場所」であって、つねに充実している。中心へゆくことは、社会の「真理」に出会い、「現実」のみごとな充実に参加することなのである。
ところが異なるのが東京だ。
「いかにも中心をもっているが、その中心は空虚である」という「貴重な逆説」を呈しているのだ。「禁域であって、しかも同時にどうでもいい場所、緑に蔽われ、お濠によって防禦されていて、文字通り誰からも見られることのない皇帝の住む御所」である。
「そのまわりをこの都市の全体がめぐっている。・・・









