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経済

イオンモール「爆発」の深層

この「人災」は誰の責任か

2026年9月号

 一歩間違えれば、56年前の悲劇を遥かに超える大惨事となっていただろう。当時を知る大阪ガスの、今や数少ないOBの脳裏には苦渋の記憶が蘇る。
「殺したんはおまえらか!」
 遺族の罵声と嗚咽が救急病院の修羅場に響く中、大阪ガスの社員たちはただ平身低頭するしかなかった。
 1970年4月8日17時45分、大阪・天神橋筋6丁目の都島通り―。1カ月前にアジア初の万国博覧会(大阪万博)が開幕し、活気に沸く商都の繁華街で大規模なガス爆発が発生したのだ。大阪市営地下鉄の工事中、施工を請け負っていた鉄建建設が誤って吊り上げたガス導管の継手が外れ、大量の都市ガスが噴出したのである。
 たまたま巡回中の大阪ガスの保全パトロール車が事態を察知、事故処理班の出動が要請された。が、間が悪く同車はエンストを起こしてしまう。エンジン再始動の点火プラグから引火し、たちまち同車は火柱を上げて炎上した。ちょうど帰宅ラッシュの時間帯の繁華街には野次馬が集まり、警察官の制止も聞かず、群衆は膨張し続けた。
 その最中、地下の工事現場に充満していた都市ガスへ何らかの着火源が引火、連・・・

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