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経済

「次世代放送」ドコモ勝利の内幕

電波行政の変わらぬ密室劇

2010年10月号公開

 二〇一二年にサービスが始まる携帯端末向け次世代放送の周波数免許を巡り、NTTドコモ陣営の「マルチメディア放送」と、KDDI陣営の「メディアフロージャパン企画」が繰り広げた争奪戦は九月八日、ドコモ陣営に軍配が上がり決着をみた。
 電波オークション制度が確立していない日本では、電波の周波数割り当てで、総務省の裁量行政の下での恣意的な分配が常に批判にさらされてきた。総務省は今回、電波監理審議会(電監審)で計四回にわたる公聴会を開催。両陣営の事業計画のヒアリングなど選定過程の透明化に努め、密室批判を封じ込めたつもりのようだ。
 ところが今回も結局は、初めから結論ありきの出来レースであったことになんら変わりはない。簡単に総括すれば、国産技術へのこだわりから総務省がドコモ陣営の尻を必死に叩いたうえ、免許獲得へ鼻息の荒かったKDDI陣営を落とした、という構図である。

暗躍した元総務次官


「インフラ利用料金の安さや基地局整備計画などを勘案し、A案(ドコモ陣営)の優位性が高いと判断しました」
 九月八日夜、電波監理審議会の原島博会長は記者会見し、ドコモ陣営への免許交付を総務相に答申する、と発表した。
 次世代携帯放送は、来年七月に実施されるテレビのアナログ放送の停波で空きが生じる周波数帯を利用するもので、放送局と組んだドコモ陣営vs北米などでサービス展開の実績があるクアルコム方式を掲げるKDDI陣営という一騎打ちの構図だった。KDDIは約七百七十億円を投資して中小型局を充実させ、八百六十五局を整備する計画。対するドコモ陣営は、約四百四十億円を投じて百二十五局の基地局を整備する計画。テレビ局が持つ既存のアナログ放送の鉄塔や「東京スカイツリー」などの大型設備を使うことで設備投資額を抑え、「割安さ」をアピールした。
 表向き、争奪戦の様相を見せてはいたが、ドコモ自身は当初から事業の採算性に懐疑的で、乗り気ではなかったのが実情だ。
「携帯放送など絶対にペイしない。放送局の食い物にされるのがオチだ」とドコモ幹部は本音を漏らす。携帯向け次世代放送は、地上デジタル放送をそのまま流す「ワンセグ」と異なり、多チャンネル放送が可能なのが売りだ。だがドコモとしては映像配信サービスをすでに「BeeTV」などで携帯電波を使って実施中。「パケット通信でARPU(一人あたりの月間通信料)が稼げる今のビジネスモデルで十分だ。通信料金を回収できない放送事業は、ドル箱になりつつある今のサービスを脅かす」(同幹部)との懸念があるためだ。
 一方、携帯電話分野でドコモほどインフラ整備のための資金に余裕がないKDDIは、スマートフォン人気で早晩、深刻な混雑に直面するトラフィック(通信量)をどこかに逃がす必要に迫られていた。携帯向け次世代放送に参入すれば、混雑を緩和させる「ガス抜き」になる。そんな読みがあった。
 煮え切らないドコモの姿勢に危機感を強めたのは、歴史的にNTT経営陣との結び付きが深い、総務省の旧郵政官僚グループだった。ドコモ陣営が放送に使う方式は「ISDB-Tmm」という地デジのワンセグを応用した方式。これは、総務省が南米各国に売り込みをかけており、「今度こそ地デジの世界標準に」と狙う国産技術。対するKDDI陣営は米無線通信技術大手のクアルコムが開発し、米国で商用化されている方式だ。
「国産技術の火を絶やしてはならない」「ドコモ陣営の選定は国策に適う」―旧郵政官僚グループのそんな意向を受け、ある人物が動いた。今年一月まで総務省で事務次官を務め、原口一博前総務相に更迭された鈴木康雄前事務次官(現総務省顧問)だった。

「過ち」が繰り返される


 鈴木氏の更迭を巡っては、総務省内の旧郵政、旧自治の権力争いに敗れたなど諸説あるが、真相は不明。いずれにせよ、更迭後も裏で顧問という肩書で「総務省が主導する日本独自の放送方式をドコモにやらせる」という特命をおびて動いたことは間違いない。
 鈴木氏といえば、旧郵政省時代から放送行政を統括し、〇三年に放送開始した地デジや、一一年のアナログ放送停波の決定過程で重要な役割を果たした実力者。NHKの海老沢勝二元会長や日本テレビの氏家齊一郎会長ら放送業界の重鎮との太いパイプを持つことでも知られる。また、通信業界では「NTTグループの代弁者」としての顔もある。かつてNTTコミュニケーションズ幹部から頻繁に接待を受け、タクシーチケットをもらっていたことが発覚し、処分された汚点もあるが、現在もなおNTT首脳への影響力は衰えていない。
 原口前総務相が鈴木氏を更迭したのも、こうした業界との「近さ」を危ぶんでの措置という説もある。実際、免許審査の過程では原口氏が横やりを入れる場面もあった。「米国と一緒にできる部分は、やるべきではないか」。七月十五日の政務三役会議で原口氏は突然こう発言。米クアルコム方式を掲げるKDDI陣営の擁護とも受け取れる姿勢をみせた。鈴木氏らが主導する「ドコモ陣営ありき」の免許交付に原口氏が「待った」をかけたことで、一月更迭の遺恨試合が再び燃え上がる様相となったのだ。
 総務省はここで一計を講じた。九月十四日の民主党代表選のスケジュールをにらんで時間稼ぎに走ったのだ。当初は七月中旬を予定していた事業者決定時期は延び、さらに八月中旬の電監審の臨時会合では、総務省が案を示さず、中立的な電監審に判断を委ねる形をとった。民主党代表選が近づくにつれ、原口氏も小沢一郎氏の応援で、免許審査などにかまっていられる状況ではなくなった。結局、代表選で小沢氏が敗れたことで側近の原口氏も総務相ポストから外された。原口・鈴木の遺恨試合は鈴木氏の粘り勝ちで、当初方針のドコモ陣営への免許交付が実現するのである。
 表向き電監審が判断する、ということになっていた九月八日の会合は午後五時から開かれた。だがKDDI関係者によるとその直前、総務省側からKDDIに間接的に通達があったという。「ドコモに決めましたのでよろしく」。
「デジャヴのようだ」。同関係者はつぶやく。〇八年に免許交付された次世代高速無線は、ウィルコムとKDDI系のUQコミュニケーションズが当選した。今回と同じように比較審査という体裁を繕った総務省の裁量行政によってだ。その後ウィルコムは経営破綻し、UQコムも加入者伸び悩みで資本注入が必要な「重体」の身である。
 また同じ過ちが繰り返されようとしている。


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