JR東の重大な「企業犯罪」「不正取水事件」の深層
越後平野を貫いて日本海に注ぐ信濃川。国内最長のこの川で、JR東日本の信濃川発電所が、長年にわたって「水泥棒」を犯していたことが発覚した。国土交通省は三月十日、川の水利権を取り消す行政命令を同社に出し、発電所は操業停止に。電車運行に必要な電力確保が「綱渡り」の状況となり、同社は追い詰められている。国鉄の民営化から二十二年のいま、利益至上主義の歪みが露わになった。
信濃川発電所は、新潟県十日町市と小千谷市にあり、千手、小千谷、新小千谷の三発電所に分かれる。合計最大出力は四十四万九千キロワット。山手線や中央線など、主に首都圏の電車運行に使用され、同社で使用する電力の約四分の一を賄ってきた。
不正があったのは、三発電所に水を送るダムだ。毎秒最大三百十七トンの取水が許可される一方で、下流に最低でも七トンを流すよう義務付けられていた。しかしJR東は十年近く、取水量と放水量をごまかすための改竄プログラムを流量観測装置に組み込み、許可以上の水を盗んでいたことを隠蔽していた。判明しただけで、二〇〇八年までの七年間に、少なくとも約三億一千万トンを過剰に取水したという。
「組織ぐるみ」の可能性大
「水泥棒」というと軽く受け取られがちだが、信濃川発電所の発電分を電力会社から買えば、年に二百億円を超えるとの試算がある。そうすると、過剰分で発電した電力を換算した場合、JR東は億単位の利益を享受していたことになる。これは紛れもない企業犯罪だ。
宮中ダムが完成したのは約七十年前だが、特にダム下流の水枯れが深刻になったのは、一九九〇年に新小千谷発電所が稼働を始め、取水量がほぼ倍増してからだ。夏季には水温が上昇しやすくなり、藻が大量に発生。以前はいたアユなどが激減し、生態系の劣化が進んだ。
首都圏のJRの電車運行は、新潟の環境破壊を踏み台にして成り立っていたということだ。JR東日本は〇八年三月、長期経営計画「JR東日本グループ経営ビジョン2020年―挑む―」を発表。これを踏まえ、環境重視、観光開発強化方針が強調され、東京駅緑化計画や環境技術研究所設立など・環境にやさしいJR・をアピールするキャンペーンが展開されている。笑止千万と言うほかない。
地元の「信濃川をよみがえらせる会」が九八年、JR東と国に対し、水を川に返すよう求める署名活動を始め、市の人口の約七割の署名が集まった。国はJR東に放流量の改善を促したが、同社は事態を放置したどころか、〇一年には売電事業を始めた。「売るほど電気があるなら、水を信濃川に戻すべきだ」という地元の要求に対し、同社役員は「話し合って決めた協定通りにやっている」と突っぱねてきた。さらに国交省が〇七年に二度にわたり、河川法違反の有無を自主点検するよう求めた際、同社は清野智社長名で「適正に行っている」と虚偽回答をした。
不正の発覚は、〇八年に十日町市が国交省に情報公開請求をしたことがきっかけだった。経緯をたどると、大企業の威光を笠にきた腐りきった体質が透けて見える。地元住民の怒りは当然だ。
水利権の取り消しは影響が大きすぎてとても無理だ、とJR東は甘く考えていたのではないか。しかしダムの取水を停止せざるを得なくなり、ゲートは開かれた。放流が始まると、地元の新潟日報は「やせ細っていた信濃川が大河の姿を取り戻した」と表現した。
JR東の清野社長は、「世間のみなさんの信頼を裏切った」と謝罪し、「再発防止に全力をつくす」と表明。三月十一日には早々と、会長や社長の減俸など十七人の処分を発表した。しかし、この不正取水がどの程度、組織ぐるみだったのかは、いまだ曖昧なままだ。
JR側は、程度の差はあれ歴代の発電所長が不正を認識していたことは認めている。新潟県庁での会見で、深澤祐二常務は「チェックできなかった。現場だけの責任ではない」と述べているが、それ以上の言及はない。
電力問題は鉄道経営における最重要事項の一つ。しかも軍隊的な上意下達体質が特徴のJR東で、本社首脳の了解なしに不正が行われるということが果たしてありうるのか。
また、水泥棒は「悪慣行」だったとの声もあり、行政側も責任は問われる。信濃川発電所では、必要な届け出がなされていなかった二百五十件の違法な建築物が見つかっているが、例えばその一つに「角落とし」がある。水をせき止めるための簡易ダムのような設備だが、発電所の工事にかかわってきた元JR社員は角落としについて「誰が見てもわかるもの」としており、「行政側も知っていて見逃してきたと思う」と語る。不正取水についても、「国交省北陸地方整備局は知っていたのでは。告発が広がってきたので、役人の保身のために今回のような厳しい処分を下したのだろう」と推測する。
驕りと利益至上主義の果てに
JR東は、〇七年度の決算で三千三百六十五億円の経常利益を達成し、日本企業経常利益ランキング第二十位となった。利益だけを見れば、国鉄民営化は成功したと言える。しかし、国鉄時代から引きずっていた「官」の驕りと、民営化後の利益至上主義が絡み合い、このような事態を招いたのではないか。その代償は大きい。
信濃川発電所の操業停止により、JR東は数百億円規模のコスト増を迫られると予想される。電力の不足分は、JR東が神奈川県川崎市に持つ自営火力発電所のフル稼働や、東京電力などからの買電量を増やすことで対処するようだ。
しかし、川崎発電所の発電機は、年平均で十四回程度故障が発生している。また、東電も柏崎刈羽原発が停止したままという事情を抱えており、JR東に確実に電力が回ってくるかは疑問だ。清野社長は「夏の電力逼迫時の電車の運行に不安がある」と語っている。通勤で満員の山手線が立ち往生し、車内冷房が停止することも絵空事ではないのだ。非常時に備え、同社が「間引き運転」の検討に入ったとも報じられた。運賃値上げに踏みきるのでは、との観測もあるが、今のところ同社は否定している。
今後、JR東は水利権の復活を求める申請をするだろう。しかし地元は、ダム下流への放水量を増やすよう強く求めており、従来の発電量を維持できない公算が大きい。自業自得ではあるが、このツケは今後の経営にも影響を及ぼすことになるだろう。
驕りを捨てて、地元住民と真摯に話し合えるかどうか。その姿勢がJR東の将来を左右することになる。
信濃川発電所は、新潟県十日町市と小千谷市にあり、千手、小千谷、新小千谷の三発電所に分かれる。合計最大出力は四十四万九千キロワット。山手線や中央線など、主に首都圏の電車運行に使用され、同社で使用する電力の約四分の一を賄ってきた。
不正があったのは、三発電所に水を送るダムだ。毎秒最大三百十七トンの取水が許可される一方で、下流に最低でも七トンを流すよう義務付けられていた。しかしJR東は十年近く、取水量と放水量をごまかすための改竄プログラムを流量観測装置に組み込み、許可以上の水を盗んでいたことを隠蔽していた。判明しただけで、二〇〇八年までの七年間に、少なくとも約三億一千万トンを過剰に取水したという。
「組織ぐるみ」の可能性大
「水泥棒」というと軽く受け取られがちだが、信濃川発電所の発電分を電力会社から買えば、年に二百億円を超えるとの試算がある。そうすると、過剰分で発電した電力を換算した場合、JR東は億単位の利益を享受していたことになる。これは紛れもない企業犯罪だ。
宮中ダムが完成したのは約七十年前だが、特にダム下流の水枯れが深刻になったのは、一九九〇年に新小千谷発電所が稼働を始め、取水量がほぼ倍増してからだ。夏季には水温が上昇しやすくなり、藻が大量に発生。以前はいたアユなどが激減し、生態系の劣化が進んだ。
首都圏のJRの電車運行は、新潟の環境破壊を踏み台にして成り立っていたということだ。JR東日本は〇八年三月、長期経営計画「JR東日本グループ経営ビジョン2020年―挑む―」を発表。これを踏まえ、環境重視、観光開発強化方針が強調され、東京駅緑化計画や環境技術研究所設立など・環境にやさしいJR・をアピールするキャンペーンが展開されている。笑止千万と言うほかない。
地元の「信濃川をよみがえらせる会」が九八年、JR東と国に対し、水を川に返すよう求める署名活動を始め、市の人口の約七割の署名が集まった。国はJR東に放流量の改善を促したが、同社は事態を放置したどころか、〇一年には売電事業を始めた。「売るほど電気があるなら、水を信濃川に戻すべきだ」という地元の要求に対し、同社役員は「話し合って決めた協定通りにやっている」と突っぱねてきた。さらに国交省が〇七年に二度にわたり、河川法違反の有無を自主点検するよう求めた際、同社は清野智社長名で「適正に行っている」と虚偽回答をした。
不正の発覚は、〇八年に十日町市が国交省に情報公開請求をしたことがきっかけだった。経緯をたどると、大企業の威光を笠にきた腐りきった体質が透けて見える。地元住民の怒りは当然だ。
水利権の取り消しは影響が大きすぎてとても無理だ、とJR東は甘く考えていたのではないか。しかしダムの取水を停止せざるを得なくなり、ゲートは開かれた。放流が始まると、地元の新潟日報は「やせ細っていた信濃川が大河の姿を取り戻した」と表現した。
JR東の清野社長は、「世間のみなさんの信頼を裏切った」と謝罪し、「再発防止に全力をつくす」と表明。三月十一日には早々と、会長や社長の減俸など十七人の処分を発表した。しかし、この不正取水がどの程度、組織ぐるみだったのかは、いまだ曖昧なままだ。
JR側は、程度の差はあれ歴代の発電所長が不正を認識していたことは認めている。新潟県庁での会見で、深澤祐二常務は「チェックできなかった。現場だけの責任ではない」と述べているが、それ以上の言及はない。
電力問題は鉄道経営における最重要事項の一つ。しかも軍隊的な上意下達体質が特徴のJR東で、本社首脳の了解なしに不正が行われるということが果たしてありうるのか。
また、水泥棒は「悪慣行」だったとの声もあり、行政側も責任は問われる。信濃川発電所では、必要な届け出がなされていなかった二百五十件の違法な建築物が見つかっているが、例えばその一つに「角落とし」がある。水をせき止めるための簡易ダムのような設備だが、発電所の工事にかかわってきた元JR社員は角落としについて「誰が見てもわかるもの」としており、「行政側も知っていて見逃してきたと思う」と語る。不正取水についても、「国交省北陸地方整備局は知っていたのでは。告発が広がってきたので、役人の保身のために今回のような厳しい処分を下したのだろう」と推測する。
驕りと利益至上主義の果てに
JR東は、〇七年度の決算で三千三百六十五億円の経常利益を達成し、日本企業経常利益ランキング第二十位となった。利益だけを見れば、国鉄民営化は成功したと言える。しかし、国鉄時代から引きずっていた「官」の驕りと、民営化後の利益至上主義が絡み合い、このような事態を招いたのではないか。その代償は大きい。
信濃川発電所の操業停止により、JR東は数百億円規模のコスト増を迫られると予想される。電力の不足分は、JR東が神奈川県川崎市に持つ自営火力発電所のフル稼働や、東京電力などからの買電量を増やすことで対処するようだ。
しかし、川崎発電所の発電機は、年平均で十四回程度故障が発生している。また、東電も柏崎刈羽原発が停止したままという事情を抱えており、JR東に確実に電力が回ってくるかは疑問だ。清野社長は「夏の電力逼迫時の電車の運行に不安がある」と語っている。通勤で満員の山手線が立ち往生し、車内冷房が停止することも絵空事ではないのだ。非常時に備え、同社が「間引き運転」の検討に入ったとも報じられた。運賃値上げに踏みきるのでは、との観測もあるが、今のところ同社は否定している。
今後、JR東は水利権の復活を求める申請をするだろう。しかし地元は、ダム下流への放水量を増やすよう強く求めており、従来の発電量を維持できない公算が大きい。自業自得ではあるが、このツケは今後の経営にも影響を及ぼすことになるだろう。
驕りを捨てて、地元住民と真摯に話し合えるかどうか。その姿勢がJR東の将来を左右することになる。
















