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政治

政争の具となる 「国会原発事故調」

事故原因究明は期待できない

2011年11月号公開

 木に縁りて魚を求むとは、このことだろう。民主、自民の二大政党の合意で国会に置かれることになった「福島原子力発電所事故調査委員会」のことである。

 先の臨時国会の最終盤で急転直下、設置が決まった国会原発事故調を巡る顛末を辿ると、国会の権能に対する無神経さと、政局的な思惑が見え隠れする。これで、東京電力福島第一原子力発電所の事故原因や問題点の真相究明ができるのか、甚だ心もとない。

「政治ショー」になる可能性大


 国会事故調の設置はもともと、自民党の塩崎恭久・元官房長官のアイデアだ。塩崎が参考にしたのは、一九七九年に米国で起きたスリーマイルアイランド原発の事故を受け、時のジミー・カーター大統領が設置した事故調査委だ。米連邦議会が作った原子力規制委員会が機能していないのではないかとの疑念を受け、行政府であるホワイトハウスが立法府の影響力を排除した独立調査のための組織作りを主導した事例である。

 福島原発の事故を巡っては、当時の菅直人総理大臣や海江田万里経済産業大臣ら、行政府のとった行動が適切だったかどうかが問題になっている。政府は事故直後、畑村洋太郎・東京大学名誉教授をトップとする事故調査・検証委員会を設置したが、塩崎は「福島原発事故の政府対応に問題があったのに、政府が真相はこうでしたといくら言っても、国際社会は信用しない」と、繰り返し訴えた。

 確かに、福島原発の原子炉の状態や放射性物質の拡散ぶりについては、当初の枝野幸男官房長官や経産省、原子力安全・保安院の説明とは異なる事実が、後になっていくつも出てきた。政府が発信する情報に対し、国内外から不信の目が向けられているという塩崎の主張は、決して誇張ではない。また、政府の事故調・検証委の調査権限には法的な裏づけがないため、調査の実効性に疑問符が付けられてもいた。

 しかし、大統領制のもと、立法府と行政府のメンバーに重複がない米国と、議院内閣制のもと、政府の主要部分を国会議員が構成している日本では事情が違う。政府は信用されていないが、国会なら信用されているというのは、いささかピント外れだ。しかも、現行憲法下で、国会に国会議員以外で構成する調査委員会が設置された前例はない。

 塩崎と同じ自民党宏池会の出身で、弁護士でもある谷垣禎一総裁が当初、塩崎案に難色を示したのも、国会事故調を巡る様々な問題点を理解していたからだ。

 まず、与野党がそれぞれの政治的立場からぶつかり合う国会に、「政治的でない」組織を持ち込む矛盾である。例えば、国会事故調が気まぐれや好き嫌いで閣僚や官僚の公開聴取を始めるような暴走をしても、これを止めれば政治介入になる。国会議員による制御が効かない組織を国会に置くことが立法府による行政府の監視だというのなら、国会議員は要らない。逆に、国会事故調を、国会議員による制御可能な組織にすれば、中立性、独立性は担保できなくなる。公開聴取が、あの事業仕分け同様、「政治ショー」になる可能性も否定できない。

 ただ、谷垣も、政府・民主党を追いつめる手段としての国会事故調の利用価値を優先したのか、塩崎の粘りに負けたのか、最後はゴーサインを出した。マスコミの評価も、「政治的中立、独立を確保する」という与野党合意が可能だとナイーブに信じているのか、「国会の新しい挑戦」といった具合に、概ね肯定的だ。

不純な動機が生んだ組織


 これに対し、政府・民主党側は塩崎案に向き合おうとしなかった。少なくとも菅政権の間は―。国会事故調が経産省や原子力安全・保安院の幹部ばかりでなく、菅や枝野にも公開事情聴取を強いる事態が想定されたからだ。ところが、その空気は、政権が菅から野田佳彦に移ると、一変する。民主党内から澎湃として、「自民党の国会事故調設置法案の成立に協力する」との声があがり始めたのだ。

 この変化に関する紋切り型の解説は、「二〇一一年度第三次補正予算案などで自民党の協力を得るため」ということになる。だが、事はそう単純ではない。方針転換を主導した顔ぶれを見れば、民主党の宿痾とでも言うべき、「足の引っ張り合い」の要素が色濃く働いていることが分かる。

 先の臨時国会の最終盤、「オレが民主党内をまとめる」と、国会事故調の設置法案成立を請け合ったのは、鳩山内閣で官房副長官を務めた松野頼久だ。鳩山由紀夫・元総理大臣の側近で、菅が六月に事実上の退陣表明をした後も政権にしがみついたことに対し、鳩山とともに激しい批判を繰り広げた人物だ。九月の代表選では小沢一郎元代表グループと共闘し、海江田を支持した。その意味では、野田との関係も微妙である。

 松野にとって、鳩山路線を否定した菅政権の主流派は敵に等しい。国会事故調の設置に動いたのも、菅や、野田政権でも経産大臣に就いて、日の当たる道を歩み続けている枝野に一泡吹かせてやりたいという私憤とも言える動機からだと言われている。同時に、国会事故調という「武器」を持つことで、野田はじめ、現在の主流派に対する対抗手段を得ようとしたとの見方もある。国会事故調設置の民自合意を後押しした民主党の国会対策委員長が、鳩山内閣の官房長官、平野博文であることも、こうした見方の補強材料だ。参院側で国会事故調設置に積極的に動いた民主党議員が、松野と同様、鳩山内閣の官房副長官を務めた松井孝治だったことも、偶然ではない。

 国会事故調の設置法案成立後、松野と松井は、事故調の部屋探しに着手した。国会の事務方は、国会議事堂内に十分な場所を確保できると説明したが、松野らは「表の事情聴取だけでなく、水面下の事情聴取だってあるだろう。国会内に部屋があると、議員にもマスコミにも、いつ、誰を呼んだか、筒抜けになってよくない」と、国会外の設置にこだわった。「公開」を旨とするはずの国会事故調の事務スペースを、「秘密」のために国会外に置くというのは自家撞着だし、税金の無駄遣いではないか。それなら最初から、国会に設置するなどと言わず、いわゆる「三条機関」と呼ばれる公正取引委員会のような、法律に裏づけられた強い権限を持つ機関として、行政府からも立法府からも独立した形で設置する手もあったはずだ。

 さらにお粗末なことには、この種の調査委の成否を左右するのは委員長の人選であるはずなのに、国会事故調を推進した議員の誰一人として、委員長や委員候補の名を具体的に挙げることができなかったというのだ。無責任で不純な動機が生んだ矛盾だらけの組織に、一体、どんな成果が期待できるというのだろうか。(敬称略)


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