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連載

不運の名選手たち 51

佐藤 慎一(プロ棋士 )コンピュータとの死闘に敗れて
中村 計

2014年3月号


「しょうゆ」の響きに、心臓が跳ね上がった。
「定食屋で、隣のお客さんに『しょうゆ取ってください』って言われたんですけど、一瞬『将棋』って聞こえてしまって……」

 棋士の佐藤慎一は敗戦後、数日間の心理状態をそう振り返った。
〈電脳棋士、進化の証し/1秒3千万手、勝ち筋読む/将棋ソフト、現役プロに初勝利〉(二〇一三年三月三十一日・朝日新聞)

 一三年三月三十日、将棋界の歴史が変わった。
 千駄ヶ谷の将棋会館で「第二回将棋電王戦」の第二局、つまり人間対コンピュータの第二戦の幕が開いたのは午前十時。人間側は四段の佐藤、コンピュータ側は将棋ソフト「ポナンザ」だった。

 人工知能は人間の脳をこえられるのか―。
 コンピュータがこの世に誕生してからというもの、そのテーマの格好の試金石になったのが将棋などの頭脳競技だ。最初に人間が辛酸を嘗めたのは、一九九七年五月だ。チェスの世界王者がコンピュータに敗れ、「人間が人工知能に敗北した日」として世界的なニュースにな・・・