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連載

美の艶話 10

白肌に刻まれし魔性
佐伯順子(同志社大学教授)

2016年10月号

 白くなよやかな女性の背中一面に広がる蜘蛛の手足。ほの暗い行燈のあかりのなかに照らし出される妖しい女性の裸体。橘小夢(一八九二~一九七〇年)の『刺青』は、谷崎潤一郎の小説『刺青』(一九一〇年)に触発され、刺青師の清吉が、惚れ込んだ女性の背中に蜘蛛の刺青を彫った姿を描いた。
 清吉は「光輝ある美女の肌を得て、それへ己れの魂を刷り込む」ことを宿願としており、なかなかその願いにかなう女性をみいだせなかったところ、やっと四年目になって、深川の料亭の門口で、駕籠からこぼれでた真っ白な女性の素足を目にし、これぞ念願の女性と直感。当初はゆきずりであったが、願いを胸に秘めてから五年目の春、清吉は思いがけず、馴染みの深川芸者からの使いとして羽織を届けにきた娘と再会。そのまま、その娘を二階にあげ、驚く女を麻酔剤で眠らせ、一晩かけて女の背中一面に女郎蜘蛛の姿を彫りあげたのであった。
 最初は怖がっていた女性も、刺青を施された後は、自分のなかに眠っていた、男の命をとるほど残酷な魔性のエロスを自覚する。黒味がかったなかにかすかな紅色がさされた蜘蛛の刺青は、決して色彩鮮やかではない。刺青といえ・・・