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経済

NTT澤田「ドコモ吸収」の墓穴

携帯料金消耗戦と光回線「分離」圧力

2021年1月号公開

 NTT社長の澤田純は、NTTドコモの二〇二〇年十二月二十五日の上場廃止に、どんな感慨を抱いただろうか。グループ総帥としての矜持を深めたか、いや、密かに慙悔の念を噛み締めていたかもしれない。
〈悲願のNTT再統合の代償は予想以上に大きい……〉
 稼ぎ頭ドコモの社長に腹心の井伊基之を送り込み、大枚四・二兆円をはたいたTOB(株式公開買い付け)も無事成立、完全子会社化を成し遂げた。しかし、首相・菅義偉からは上場廃止を待たず、手形の割引を求めるように呵責ない値下げ圧力が続く。携帯電話料金を首相の胸三寸で決まる「公定価格」にしてしまった罪は極めて重い。そこには、澤田のいくつかの誤算がある。
 そのひとつがドコモの主力ブランドの大容量プランの値下げだ。十二月十八日に発表されたが、多くの通信関係者からは拍子抜けの声が上がった。
「やる気が感じられない」
 新料金は、超高速・低遅延の第五世代(5G)移動通信サービスの場合、データ使い放題で月額六千六百五十円。KDDI、ソフトバンクの競合二社の料金に比べ約二千円も安い野心的な値付けだ。さらにドコモは、最も加入者が多いデータ容量一~七ギガバイト(GB)の小容量プランも値下げ予定があることを明らかにした。
 やる気が感じられないのは料金水準ではない。発表の姿勢である。その場に井伊の姿はなく、担当役員によるオンライン会見にとどまった。半月前の発表の意気込みとは様変わりなのだ。

菅に一蹴されたサブブランド

「ahamo(アハモ)」―。遡って十二月三日、井伊自らプレゼンテーションし、鳴り物入りで発表された月額二千九百八十円の新料金プランの衝撃は大きかった。MVNO(仮想移動体通信事業者)並みの低料金ながら、二〇GBの中容量のデータ通信ができ、一回五分以内の通話は無料という費用対効果の高さである。しかも、販売店では取り扱わず、申し込み・サポートはオンライン対応という新機軸も打ち出した。
 井伊が「手薄な二十代の層を開拓し、利益トップに返り咲く」と入魂のプレゼンを行った理由が知れるだろう。MVNOは軒並み淘汰されかねず、料金が同じ月額二千九百八十円の楽天は“死に体”が決定的となった。KDDI、ソフトバンクの怨嗟は激しい。
「アハモをサブブランドで展開できなかったことが澤田さんの最大の誤算。これで、モバイル市場は総崩れになる」
 サブブランドとは、携帯キャリア大手が主力事業とは別に展開している格安サービスを指す。KDDIの「UQモバイル」、ソフトバンクの「Y!モバイル」がそれだが、ドコモは事業化していない。いや、アハモが初のサブブランドになるはずだったのだ。つまり、料金競争の消耗戦を主力事業と一線を画したサブブランドにとどめ、菅の“官製値下げ”の圧力をかわす戦略である。
 ところが、井伊は発表会見の席上、「あくまで主力ブランドの中容量プラン」と強弁した。が、サブブランドとして計画されていた痕跡は覆うべくもない。
 プレゼン資料の端末写真のアンテナピクトが「docomo」ではなく、「ahamo」になっていたのは笑い話だが、主力ブランドにもかかわらず、ドコモのキャリアメールが使えず、グーグルなどのフリーメール専用となっていることは不自然だ。何より対応端末が決まっていないとは、どういうことか―。主力ブランドなら、iPhoneはじめ既存機種が使えるはずだが、「人気のある端末をこれから揃える」という。ある通信関係者は苦笑する。
「突然の計画変更でスペックが決まらないまま発表したんだろ」
 背景には、携帯キャリア大手三社に執拗に値下げを迫ってきた総務相・武田良太の悩乱がある。いや、それも菅の差し金と言うべきか……。
 話の端緒は、ドコモのTOB開始とほぼ同時期に発足した菅政権が、“官製値下げ”の圧力を一段と高めたことに始まる。当初の焦点は国際的に割高とされる二〇GBの中容量プランだった。大手三社のうち、TOB期間中のドコモを除く二社は十月二十八日、揃って約三割の値下げを発表した。が、それはUQモバイル、Y!モバイルの料金だった。
 武田は当初、「評価」の意向を示したものの、主力ブランドからサブブランドへの乗り換えには一万五千五百円の違約金・手数料がかかることを知ると一転、怒気を発する。サブブランド値下げは「羊頭狗肉」「不親切!」と半ば逆上気味に批判し、主力ブランドの値下げを要求するかのような発言が十一月二十七日の閣議後の会見まで続いた。
 実はその二十七日、NTTの澤田は井伊を伴って首相官邸を訪れている。菅との十分余の面談の内容は伝わっていないが、四日後にドコモ社長就任を控えた井伊の挨拶のあと、菅からサブブランド値下げに対する強い不満が伝えられたことは想像に難くない。少なくともこの時点で、アハモのサブブランド構想は幻に終わっただろう。総務省関係者はこう予言する。
「この誤算は、NTTの将来に大きな禍根を残す」

迫られるフルライン値下げ

 そのひとつが前述の通り大容量プランの値下げだ。官邸の圧力は、サブブランド値下げへの不満から主力ブランドへ飛び火し、中容量プランのアハモでは飽き足らず、大容量プランへと一段上がってしまったのだ。
 しかし、菅との面談からアハモの発表までに残された時間は一週間。ドコモ周辺からは「発表資料からサブブランドの文言を消す調整だけでひと苦労」と混乱振りが聞こえる。まして大容量プランの値下げは一週間で設計できるわけがなく、アハモから半月遅れての発表となったわけだ。本来、計画になかった料金改定である。「やる気がない」のは当然だろう。それでも、小容量プランの値下げも予定されており、官邸の圧力が五月雨式に続いていることを窺わせる。
 つまり、今や二〇GBの議論はどこへやら、ドコモは大・中・小のフルライン値下げを迫られているわけだ。義憤は募る。
「認可料金の時代より始末が悪い。役所の査定には理屈があったが、官邸の圧力は感情しかない」
 まさに「公定価格」となった携帯電話料金の愚昧さだが、誤算の打撃はそれだけでは済まない。
「不当廉売ではないか!」
 MVNOの一部は、アハモに公正競争上の疑念を指摘している。その月額二千九百八十円の料金プランにはデータ通信のほか、一回五分以内の無料通話が含まれるが、MVNOがドコモから仕入れている音声サービスの卸料金では、同様の料金プランを提供できないというのだ。
 ドコモの卸料金は現在、基本料金が月額六百六十六円、通話料が三十秒十四円。仮に五分の通話が月七回あれば、MVNOは約一千円の従量費用が発生し、これに基本料金を加えると、音声サービスだけで二千九百八十円の五〇%以上のコストに達してしまう。残りのコストではデータ通信を提供できず、原価割れになるという。すなわち、アハモの料金プランは不当廉売というわけだ。
 これは、ドコモがアハモを主力ブランドと位置付けているから成り立つ指摘である。サブブランドであれば、MVNOと同じ卸料金の条件で経営努力により格安サービスを実現したと主張できるはずだ。ここにも誤算があるが、音声サービスの卸料金をめぐっては二〇年六月、ドコモと日本通信の紛争に対し、引き下げを求める総務大臣裁定が行われている。アハモの不当廉売の指摘はその動きを加速するだろう。
 フルライン値下げに卸料金引き下げの減収も重なるドコモ―。井伊が息巻いた、大手三社の“三番手”から「利益トップへの返り咲き」は実現しそうもない。

誤算が招く「経営形態」の議論

「いや、返り咲くだろう。NTTのヒト・モノ・カネの資産は厚い。ドコモがグループ各社と一体運営される結果、数千億円規模のコスト削減が可能になる」
 NTT周辺からはこんな自信の声が上がる。なるほど、それを象徴するように、グループ内で最も高給を食んできたドコモ社員は早くも転職が相次いでいるという。将来、給与体系が統一されれば、年収は職位によっては百万円以上下がるからだ。人件費に限らず、事ほど左様にドコモの完全子会社化がグループの経営効率化に果たす貢献は大きい。
 ただし、一体運営が大手三社へ基地局足回りの光回線を提供しているNTT東日本・西日本にも及び、その超過利潤がドコモの値下げ原資になれば、それこそ公正競争上の問題となる。危機感を募らせたKDDI、ソフトバンクなど二十八社の通信事業者は総務相に意見書を提出し、「公正競争確保の在り方に関する検討会議」が設けられた。しかし、十二月三日に開かれた初会合は武田の出席もなく、検討報告は「ガス抜きに終わる」という懸念は強い。
 ちょうど検討報告がまとまる二一年三月から順次、アハモはじめドコモのフルライン値下げが実施される。モバイル市場は競合二社の対抗値下げを含めて血みどろの消耗戦に突入するが、それは澤田の誤算、すなわち、アハモをサブブランドとして提供できなかった戦略ミスが招いた結果だ。やがて淘汰が始まる。前出の通信関係者は指摘した。
「おそらく再びNTTの経営形態が公の議論の俎上に載るだろう。NTT東西の資本分離が改めて焦点になる。二年後が勝負だ」
 皮肉にもNTT再統合を目指した玄謀が、電電公社民営化以来の懸案である“虎の子”の光回線の分離へ転じれば、まさに澤田畢生の失態と言っていい。(敬称略)
 


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