皇室の風 第208話
危うし昭和天皇記念館
岩井 克己
2026年1月号
私が死なないでいるのは、良子への愛と生物学研究があるからだ」
平成12年(2000年)に香淳皇后が亡くなって、手元に秘蔵されていた夫裕仁親王の摂政宮日記が見つかった。即位を目前に天皇の務めの過酷さ、責任の重圧からか「死にたい」との独白が記されていた。
側近らは困惑し悩んだが、これは究極の私的文書だと判断し「亡き陛下のお忘れ物」として、皇后の尊骸とともに武蔵野東陵に秘かに埋葬したという。
泉下へと皇后に「持参」してもらって、永遠に封印された日記の青年裕仁親王の自筆の一行は、即位前の重圧に思わずしたためたものの、激動の在位中は胸底深く秘め続け、死後も地中へと埋葬された魂の叫びだったのだろう。
戦前は「万世一系の現人神」「統治権の総攬者」「大元帥」として、戦後は「人間天皇」「平和国家と国民主権の象徴」として「一身二生」を生きた生涯は、本人にも予感をも超えた激動の道程だった。
令和7年(2025年)は昭和100年、同8年は昭和百周年だ。
顧みて記憶を共有し継承しようと全国の歴史資料館、博物館などは関連企画を練り、政府も令・・・
平成12年(2000年)に香淳皇后が亡くなって、手元に秘蔵されていた夫裕仁親王の摂政宮日記が見つかった。即位を目前に天皇の務めの過酷さ、責任の重圧からか「死にたい」との独白が記されていた。
側近らは困惑し悩んだが、これは究極の私的文書だと判断し「亡き陛下のお忘れ物」として、皇后の尊骸とともに武蔵野東陵に秘かに埋葬したという。
泉下へと皇后に「持参」してもらって、永遠に封印された日記の青年裕仁親王の自筆の一行は、即位前の重圧に思わずしたためたものの、激動の在位中は胸底深く秘め続け、死後も地中へと埋葬された魂の叫びだったのだろう。
戦前は「万世一系の現人神」「統治権の総攬者」「大元帥」として、戦後は「人間天皇」「平和国家と国民主権の象徴」として「一身二生」を生きた生涯は、本人にも予感をも超えた激動の道程だった。
令和7年(2025年)は昭和100年、同8年は昭和百周年だ。
顧みて記憶を共有し継承しようと全国の歴史資料館、博物館などは関連企画を練り、政府も令・・・









