本に遇う 第314話
霜雪に耐えて咲く椿
河谷 史夫
2026年2月号
この時節、北国で雪に埋もれている椿を想う。南国の紅い花がなぜ秋田や青森に見られるのか。その謎を考えたのは柳田國男であった。『椿は春の木』という文章がある。1928年正月3日にラジオで放送した原稿らしい。
「北緯四十度以北と申しますと、樫の木も真竹も成長せず、薩摩藷も裸麦も作れない土地となつて居ますが、不思議に椿だけは處々の海岸に、森をなして繁茂して居るのであります」
東北のあちこちに椿島、椿浦、椿山と呼ばれるところがあって、北限は「四十一度の線の上」にある「大規模なる椿崎」。これを国は天然記念物としているが、「事によると史蹟記念物であるかも知れない」と柳田は言うのである。
椿は里の木である。人の保護なしに沢山は野生しない。鳥が実を嘴にくわえて飛んでも、食べるのであるからそう遠くまで行くはずはない。だから椿は人が運んだものではなかったか、それも女性が持って行ったのではないか。
『海上の道』で日本人の祖先が稲作技術を持って南方から列島にやって来たと見立てた民俗学の祖は、「日本人が追々と千何百年の間に、雪の深い國に移住して行く際に、何と何とを携へ・・・
「北緯四十度以北と申しますと、樫の木も真竹も成長せず、薩摩藷も裸麦も作れない土地となつて居ますが、不思議に椿だけは處々の海岸に、森をなして繁茂して居るのであります」
東北のあちこちに椿島、椿浦、椿山と呼ばれるところがあって、北限は「四十一度の線の上」にある「大規模なる椿崎」。これを国は天然記念物としているが、「事によると史蹟記念物であるかも知れない」と柳田は言うのである。
椿は里の木である。人の保護なしに沢山は野生しない。鳥が実を嘴にくわえて飛んでも、食べるのであるからそう遠くまで行くはずはない。だから椿は人が運んだものではなかったか、それも女性が持って行ったのではないか。
『海上の道』で日本人の祖先が稲作技術を持って南方から列島にやって来たと見立てた民俗学の祖は、「日本人が追々と千何百年の間に、雪の深い國に移住して行く際に、何と何とを携へ・・・









