《日本のサンクチュアリ》与那国島
対中防衛の「捨て石」なのか
2026年2月号
有人、無人を合わせて1万4千を超える島を持つ日本の国土・国民を「外敵」から守るうえで、国境の離島防衛のあり方が重要課題になって久しい。とりわけ有人離島では、防衛体制の整備と島民の平穏な暮らしが二律背反と受け止められがちだ。国土の最西端に位置する沖縄県・与那国島での自衛隊誘致の歴史と現状は、そんな課題の出口の見えない複雑さと難しさを浮かび上がらせている。
沖縄本島からは500㎞も離れているのに台湾からは111㎞の距離しかない与那国島の島民は、国境の島ならではの不安を抱えて生きてきた。
近年、中国が急速な軍事力増強を行い、「台湾有事」への備えが叫ばれるようになるまでは、島民に脅威を与えていたのは、台湾有事には中国から侵攻を受ける側の台湾だった。
戦後しばらくは日本に対する警戒感が強かった台湾は、与那国島の西側3分の2の上空を一方的に防空識別圏とし、同島周辺での演習や軍事行動を実施していた。台湾が民主化され、日台関係が親密さを増す中、日本の領空を侵食する形の防空識別圏は2010年に解消されたものの、冷戦下の1973年には台湾からの脅威を理由に与那国町議会・・・
沖縄本島からは500㎞も離れているのに台湾からは111㎞の距離しかない与那国島の島民は、国境の島ならではの不安を抱えて生きてきた。
近年、中国が急速な軍事力増強を行い、「台湾有事」への備えが叫ばれるようになるまでは、島民に脅威を与えていたのは、台湾有事には中国から侵攻を受ける側の台湾だった。
戦後しばらくは日本に対する警戒感が強かった台湾は、与那国島の西側3分の2の上空を一方的に防空識別圏とし、同島周辺での演習や軍事行動を実施していた。台湾が民主化され、日台関係が親密さを増す中、日本の領空を侵食する形の防空識別圏は2010年に解消されたものの、冷戦下の1973年には台湾からの脅威を理由に与那国町議会・・・









