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高市が南米に「物乞い外交」

資源確保「貿易交渉」の戦略欠如

2026年7月号

 1973年の第1次石油ショックと米国の大豆禁輸は、当時の日本政府に資源外交の見直しを迫った。田中角栄首相(当時)は翌74年9月にブラジルに飛ぶ。ガイゼル大統領(同)と直談判し、日本はブラジルから鉄鉱石などの資源を、ブラジルは日本から農業開発やインフラ整備のための技術と資本を得るという相互協力を確認した。中でも農業分野では「セラード」と呼ばれる酸性でやせた広大な荒野を一大穀倉地帯へ転換する壮大な計画だった。この直後、田中元首相は金脈問題の追及を受けて失脚してしまうが、セラード事業自体は受け継がれ、今やブラジルは世界の大豆生産の約40%以上を占め、米国(約30%)をしのぎ、アルゼンチン(10~12%)やパラグアイ(約3%)を加えると南米は世界最大の大豆供給源に育った。
 この結果、日本の大豆輸入の米国依存度は95%(1977年)から66%(2024年)に低下、ブラジルからの輸入は2%から23%に拡大し、調達先の多角化を実現した。アマゾンの森林破壊などの副作用も招いているが、ブラジルは農業大国としての地位を確立。新興国のリーダーとして、6月にフランス(エビアン)で開かれた先進7カ・・・

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