三万人のための情報誌 選択出版

書店では手に入らない、月刊総合情報誌会員だけが読める月刊総合情報誌

連載

大往生考 第81話

事実から目をそらしたあの日
佐野 海那斗

2026年9月号

 ヒューマンエラーは永遠の課題である。残念ながら、医療の進歩は失敗を重ねた先にしかない。だからこそ、失敗とどう向き合うかが、深く問われる。
 私が勤務する病院では毎月、院内カンファレンスが開かれる。院長が選んだ症例を医局全体で検討する。
 8月のカンファで症例を報告したのは30代半ばの内科医だった。総合診療を専攻し、患者への対応も丁寧だ。医療スタッフからの評判もいい。
 患者は40代の男性で、7月のある晩、意識を失って救急搬送されてきた。体温は40度を超え、血圧も下がっていた。とび職で、連日猛暑のなか屋外で働いていた。「一目で重症の熱中症とわかる患者だった」と担当医は言う。
 すぐに治療を始めたが、腎臓や肝臓の働きが急速に悪化した。さらに全身に皮下出血が現れた。
 重症熱中症では、血液が固まりやすくなる一方で、血を固める成分が使い果たされ、逆に出血が止まりにくくなることがある。この状態になると救命は困難だ。
 患者には持病もなく、まだ若い。小学生の子どももいた。駆け付けた妻は「何とか助けてほしい」と懇願した。
 担当・・・

この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます